●プロダクションノート
だれも聞いてもいないけれど勝手に答えるバーチャルインタビュー第2弾。
小野里公成が語る「大花火」構成ノート。
−いよいよ完成ということですが?
最初にお話があってからというもの、電光石火でセレクトと構成に関わらせていただきました。今回の制作のお話をいただいたときは、「来年の話か」と思ったくらい時間的にはおしていたんです。
もちろんCD-ROMにまとめるのはシンフォレストの制作サイドのご苦労によるもので、私の色彩やトリミングなどの手間のかかる修正要望に応えていただいて本当に感謝しています。とくに今回は著作者である私からみても時間的にかなりきびしい状況だったのではないかと見受けられ、制作部では大変だったと思います。こちらは好きな花火ということで、一生懸命やらせていただきました。しかしそれにしても写真の蔵出し、セレクト、構成は超短時間でやらざるをえず、最後の最後まで、この構成(全体的な写真の内容と並び具合)でいいものか?と悩んだことは確かです。
というのも、過去の作品、つまり「花火讃歌」から「花火大会に行こう」までは、それぞれにこの構成部分には何ヶ月とか相当の時間を割いて吟味しているからなんです。あるていど構成して、どこかつじつまがあわなくても、しばらく放っておいてまた考える、というこれまでのような時間的余裕がなくてテンション高かったですよ。もちろん今回、時間がなかったからといって手を抜いているわけでは決してなく、より濃縮された吟味時間を費やしたということです。
構成=プログラム(全作品リスト参照)をご覧になればおわかりのように、CD-ROMという媒体のせいで、収録量が半端じゃないんですよ。印刷された書籍の写真集で200点も収録したら重量級の本になってしまって、価格もかなり高く設定されるでしょう。この量の多さと時間的制約がなかなか燃えさせてくれました。
−このCD-ROMの特長というと何ですか?
最初は全国の花火大会行脚とか紀行のようなもの、という企画だったらしいのですが、実際問題として花火大会で場所感 (誰が見てもどこそこ花火大会だとわかるような)のはっきり出た写真は、撮るのも揃えるのもたいへんなことなんですよ。その上過去にいくらでもあるそうした大会のポスターのような花火大会写真は、確かに情景描写とか夜景とか、浴衣の女性とか2次的要素で全体として夏気分とか祭り情緒とかを醸し出しているものの、花火が引いて(遠ざかって)しまっているものが多かったですね。とはいえ永いことこうした「情緒的花火大会風景写真」というものが花火の写真だったので、一般の需要があることも否めないのです。ただしこれまでの多くのこうした写真は、少なくとも花火そのものを鑑賞したり、花火の美しさを感じさせるそれではないのです。
ですから制作側との話し合いの中でもっと花火自体の美とか存在感とかをこれまでになくきっちり見せたい、という風になっていきました。
で、結果としては、CD-ROMの中で、つまりはパソコンなどのディスプレイの中で、花火大会をやろうという方向になりました。月並みなようですがそのようなCD-ROMはないのですよ。
花火関連のCD-ROMというのは、既刊のものが国内外で割とたくさん出ています。フリー素材写真集的な物、花火のHow to的(この「日本の花火」HPのような)なもの、短いムービーを収録したもの、などです。外国だと製造法を見せるようなものもあります。
本格的な花火の個人写真集とみても今回のCD-ROMは初めてものだと思います。なぜなら、すでに述べましたがCD-ROMには凄い枚数が入っちゃうんですよ。ですからだいたい歩留まりの悪い花火の写真で、それだけの粒よりの写真を揃えること自体が普通はできませんし、また思い立って2〜3年程度ですぐ実現可能なことでもないでしょうね。ですから私のライブラリの底力が試されるという感じで取り組ませていただきました。最終的に200枚近くに絞るには、その何倍もの「見るに耐える作品」が必要だからです。
一幕の花火大会をバーチャルに展開しようというのは、私の処女作の「花火讃歌」のコンセプトがそうなのですが、いわばそれのもっとずっと規模の大きいものというわけですね。ですから最初はひとつの大きな花火大会プログラムだったのですが、作業の過程で必然のようにいくつかのパートに分けて場面展開を切り換える、というような構成に落ち着きました。
あと、ディスプレイですから、再現できる色自体は印刷物より多いので、ポジフイルムで見る花火の写真に色彩が一番近く、印刷された媒体とはまた別のクォリテイが感じられるということですね。スライドショーで次々に現れては消える花火映像は、まさに花開いて消える花火のようで思わず試作段階でも見とれてしまいましたね。もちろんディスプレイの縦横比の制約を受けますから、大きさの迫力とかはある程度犠牲にならざるをえないのですが、それ以上に透過光で見る花火映像は、すごく鮮烈で刺激的だと思いますよ。
−使用する花火写真はどういう風に決まるんですか?
今回は蔵出し(?)から始まりました。ストックの中からとにかく目についた作品を手当たり次第ピックアップして抜いていく作業。平行して全体の構成も頭の中だけで進めました。もう候補の写真を一同にまきちらかして、選んで並べていく暇はない、という感じでしたね。ですから頭の中でピックアップしたときや記憶の中の絵柄を思い浮かべながら、まず実際の花火大会のように、全体の基本的な筋立てとなる打ち上げプログラムづくりをしました。これは並べ替えが簡単なようにパソコン上のデータでやっています。
だいたい決まってから、今度はこの基本プログラムに沿って一枚ずつ実際のポジと見比べながら、差し替えたり、並べ直したり、また倉庫をひっくり返したりということを何度もやったわけです。頭の中で絵柄を思い浮かべ、なんていっても忘れている写真の方が多いですから、意外と「こんな写真あったのか!」と埋没した財宝を掘り当てているかのような発見?もありましたね。
−写真の構成はではどういう点に気を使いましたか?
既刊の作品集に収録した「代表作」はぜひ再録してディスプレイ上で再鑑賞したい、というシンフォレスト側からのリクエストがありまして、過去の代表作を盛り込んだいわば「ベストアルバム」的な造りを基本の部分でしています。
ですから著作の中から私の気に入った作品、代表作を選り、それに近作を織り交ぜながら基本構成をしています。その上で全体としては、花火本来の美しさとか、花火大会の臨場感や迫力なども損なわないで伝えることが重要なわけです。それとなるべく多種多様な花火大会と花火を紹介できたら、と考えました。もちろん私の花火写真の特質である、豊富な色彩を感じられる写真を重点的に配置しました。
それと私どもで制作している、花火カレンダーに使用した作品もまた大部分再収録しています。このカレンダーは受注生産でおもに花火業者向けで一般の方の目に触れる機会が少ないかも知れませんので。またカレンダーの性格上相当に一過性なわけです。今回カレンダーだけに使って、そのままになったようなお気に入りの作品を、もう一度見ていただきたいと思いました。
ただ、収録枚数が多いですから、全体をまとめるのはなかなかたいへんでした。へたをすると、まったくとりとめなく作品を羅列しているだけになってしまいます。起承転結とか、緩急のリズムとか色彩コントラストなどに気をつかいました。ですから流れやストーリーを重視して、良い作品だけどリズムに乗れないからボツとか、そういう切り捨ての選択もかなり発生しました。まぁそうしたものはまたの機会に、ということですね。
今回は処女作の「花火讃歌」と同様に、久しぶりにいっさいのしがらみもなにも無く、純粋に独断と偏見で自分の好きな花火を選びました。もちろんそれだけではマニアックで普遍性が無くなってしまいます。それに実際の花火大会ではスタートから打ち止めまでそんなに濃厚な内容で打つことはあまりありません。濃いのはラストの10分とかそれくらいで。でもこの「大花火」では普通じゃありえないクォリティの打ち上げを、スタートからいっているわけです。だから一般の方から見ていかにこれだけの分量の花火を、ラストまで飽きずにダレずに見続けてもらえれるか?ということにはだいぶ神経を使いました。
全体のバランスを追求しきるにはやはり時間が足らない部分もあって、もっとより良く改善できる余地もないわけではありません。それでも流れとか、つながりとか色彩の対比や展開はうまくいっていると思っています。
(談)
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