短編推理小説風花火観覧・撮影ガイド
山田の春まつり
謎の長葱連続轢過事件
秩父路に春を告げる「山田の春まつり」に行って来ました。私のお目当てはもちろん花火ですが、それはさておき。
このお祭りは地元(埼玉県秩父市山田地区)の恒持神社の例祭ですが、屋台が曳行される事で知られています。この屋台は秩父夜祭りに使用されるものです。秩父夜祭りはあまりに有名であるがゆえにたいへんな混雑でゆっくり撮影もできません。夜祭りの時ほどの台数は出ませんが、屋台をじっくり見物(撮影)してみたい方には山田の春まつりが穴場です。
それというのも・・・ややっ、ふと曳行コースの路上をみるとなんと「長葱」の踏みつぶされたような残骸が点々と・・・。
「どうしてこんなところに長葱がっ?」これはいったい!!
おお、今にして思えばこれがあのまがまがしい事件の発端だったのである。(横溝正史調)私こと金田一耕助(盗名)はしきりに髪をかきむしる。謎の長葱連続轢過事件の驚くべき真相は?
発端
一年ぶりの春祭りだ。もっとも年いっぺんなのだから、毎年来てたってどうしても一年ぶりにはなるが・・・。
いつもお目当ては夜の花火だけで、昼間の屋台をじっくり見ることはない。
私は・・名乗るもおこがましいので名乗りもしないが、生業は風来坊ルポライターとでもしておこう。趣味は花火観覧。これに関しちゃ一家言あり。相当うるさい方だ。で、あちこち好きに出向いちゃ写真を撮りーの、紀行文を書きーのそんなことでまぁなんとか食えている程度だ。おまけに妙な探偵趣味も相まって、行く先々で奇妙な事件に巻き込まれたりもしている。災難とも自業自得とも、悪い方の運の良さだけは人一倍ってことらしい。
それにしても今年の秩父は妙に暖かい。地球温暖化か?環境問題もトレンドだ。無関心ではいられない。
去年の祭りで懲りて、やれ極地用の手袋だ、ホッカイロだ、と準備万端防寒対策をしてきたが、拍子抜けというやつだ。
去年の晩の寒さときたら・・・・。誰かが、
「うーさびーなー、秩父は凍るようだなー」
と言っていたが、そんな泣き言をわめき散らすやつは私同様よそ者に違いない。
地元のオバチャンは、呆れたように言う。
「そんなに寒いですかぁ?」秩父はそんなに寒い地方ではない、との憤慨もこもっている。
見ればダウンを着込んでいる私よりはるかに薄着だ。寒さの鉄人だ。
放射冷却というやつか、夜空は晴れ渡っているのに、モーレツに寒い。
夜店で止せばいいのに「牛串焼きバーベキュー」なるものを買う。値段から言ってもそれが、ロースやフィレやましてや霜降りでないことは歴然としている。それでも買ってしまうのが「祭り」の魔力だ。分かってて騙される、それが「祭り」じゃないか・・・。今さっき湯気を立ててた串焼きだが、代金を払って受け取り、振り向いた瞬間にはもう蝋細工と化している。それほどの冷え込みだ。冷えて固まったスジ肉と牛脂など食えたものではない。さめざめと泣けてしまう。それでも口に運んでしまう自分に、だ。悲しい。
心なしかいつもより花火のテンポが早い。やはりみんな寒いのである。さっさと済ましたい。こんな冷え込む晩なら早く帰って暖まりたいに決まっている。
・・・そんな昨年が嘘のような暖かさだ。
秩父屋台囃子が近づいてきた。ドコドコドコドコドコドコドコ・・・・・。
「ちょうど屋台が来る頃ですから・・・」いつもパーキングする臨時駐車場の入り口で、係に言われた言葉を思い出した。
まだ夜の花火まで十分に時間がある。車内で仮眠するつもりだったが、
「せっかくだ。ちょっとひとまわり見てくるか・・・」
巡行コースの通りに出てみると、来た来た。お馴染みの屋台が大勢の曳き手に曳かれてゆっくりと近づいてくる。
「ホーリャーーイ」「ホーリャーーイ」・・・かけ声とともに屋台全面に張り付いた男衆たちが誇らしげに提灯を振りかざしている。屋台が一回り小型な他は全てが有名な「秩父夜祭り」の屋台巡行そのままだ。絶え間なく響きわたる屋台囃子もあらためて秩父を感じさせてくれる。
道端に立って目の前を行き過ぎる屋台を見物する。見慣れたといってもこの囃子だけは何度聴いても体内の血をブクブクと沸騰させる熱いリズムだ。
「明るい内に打ち上げ会場を下見しておくか・・・・」
辺りはほとんどが田畑で、花火も誰かの耕作地を借りて行われる。打ち上げ会場後方の低い山の中腹では、夜の花火打ち上げに備えて消防団が放水作業に余念がない。花火の火の粉が落ちて火災を起こさないように予め付近を湿らせておくのだ。それでも過去に幾度かは小火騒ぎもあったらしい。
開催本部前の打ち上げプログラムに目を通しておく。
「さてひと眠りするかな・・・」駐車場へ同じ道を引き返す。
と、その時だ、私は路上に奇妙な物を発見したのである。
「ややっ・・・・????」
曳行コースの路上にある奇妙な物はなんと「長葱」だ。それもよく見れば一本や二本ではない。しかもその形態が普通ではなかった。どれもが揃って踏みつぶされたか、ひきつぶされたか、擦り切れたように原型をとどめていない。しかしそれらは確かに長葱に違いない。さらにそれら長葱の残骸が路上に点々と続いている。
「ど、どうしてこんなところに大量の長葱が?」・・・これはいったい!!
ここでかの横溝正史ならこう書き記すだろう。
おお、今にして思えばこれがあのまがまがしい事件の発端だったのである。と。
私はしきりに髪をかきむしる。金田一耕助になった気分だ。
謎の長葱連続轢過事件の驚くべき真相は?
捜査
そこで私は愛用のカメラを肩に、この路上に点々と落ちた長葱を辿ってみたのである。
何だろうこれは・・・邪悪な儀式の前触れか・・・?
それにしても・・・よりによって長葱とは。もちろん夥しい、というほどの量ではない。さりとて一本や二本というわけでもない。当然だ。一本や二本の長葱が転がっているくらいなら、初めから事件なんぞになりはしない。見れば辺りはほとんど農家だ。田圃だ。葱の一本や二本道端にあったってなんの不思議もない。
収穫の際に落ちたのかもしれない。
しかし、だ。やはりこいつは紛れもなく事件なのである。量もさることながら第一匂う。実に匂っている。長葱が踏みつぶされたか、ひきつぶされたか、その匂いだ。つまり新鮮だってこと。ここが重要なんだ。
辺りは田圃だ。しかしもうとっくに収穫は終わっている。たとえ長葱が栽培されていたとしてもだ。とにかくわかっている事実はこの点々と続く長葱の全てが、まだ路上に轢過状態で放置されてからそれほど時間がたっていないってことだ。
私は屈んで落ちている一本を観察する・・・・・・。
「!」やはりだ。まだ新しい。
特有のぬめりもある。しかし事件現場の現状維持も大切だが、この長葱くん達をいつまでもこのままにしておくこともできぬ。誰かが知らずに通れば、バナナ同様、たちまちスッテンコロコロピーだ。二次災害というやつだ。二次災害とくれば「危険なため本日の捜査は打ち切り」「明朝からの再開」と展開は決まっている。そうなれば翌朝を待たずにスッテンコロコロピーの犠牲者の山となる。助かる者も助からない。
捜査を、真相解明を急がねばならない。私は自分に架せられた使命の重大さに一瞬めまいを覚え、背中に微かな焦りのざわめきが走るのを禁じ得なかった。いきおい長葱を辿る足も速くなる。「くそっ何故なんだっ。どうしてこう行く先々で人跡未踏の事件に出くわすんだ。」
やがて長葱の残骸は巡行中の屋台に行き当たったのである。
私は脳天を長葱の束で一激されたような衝撃を覚えた。しかも泥付き葱で、だ。
「ではこの屋台そのものに隠された秘密がっ??」
わたしの執拗な調査が始まった。
曳き手の合間から屋台をつぶさに観察する。
屋台はどうやら二階建て構造になっているようだ。ほとんど新幹線の二階建て車両を思わせる。大きな木製の車輪にほぼ平行する位置に、囃子方の部屋が設けられている。そこからは腹に響く勇壮な秩父屋台囃子が休み無く漏れている。ドコドコドコドコドコドコドコドコ・・・。思わず足でリズムをとってしまうノリのいい私が気恥ずかしい。
囃子方の居場所は、通常は秩父錦だかなんだかの緞帳でおおわれていて囃手は目に触れないようになっている。二階部分は舞台づくりで、巡行の合間に、曳き手の休憩も兼ねて踊り等を観せる。舞台といっても二畳もないだろう狭さだ。
踊り手は少女で衣装も付け化粧も施し、舞台前方にきちんと正座して前を見据えている。踊り手のすぐ後ろには三味線や謡方が控えている。
巡行が休憩に入り、停止した。ほどなく踊りが始まった、踊りはいわゆる日本舞踊なのだろうか。そこらへんは全く教養がない。
少女の華麗な舞と化粧が漂わせるそこはかとない色気に、思わず我を忘れてカメラを向けてしまいそうになる。私はなんとか真相究明の使命を思い出し、思いとどまったが、気がつけばもうそこら中で我を忘れた連中が、バシャバシャとシャッター音の嵐で撮り始めている。
「・・・ふ、節操のない・・・・」。(本当は撮りたい)
そう、そういえば写真愛好家が多い。今日は平日であるにも関わらず、だ。無理もない。屋台の曳行をカメラに収めようにもあの「秩父夜祭り」の日には思うにまかせないからな・・・。
そもそも・・・
秩父夜祭りは日本の三大曳き山祭りとして、飛騨の高山祭り、京都の祇園祭りと並ぶ有名な祭り。であるがゆえにその当日の混雑は想像を絶するものだ。祇園祭りはよくテレビなどで中継されるのでそのたいへんな人出をよくご存知だろう。しかし秩父夜祭りもまたいい勝負だ。
秩父市内の屋台巡行コースもまた狭い路が続く。当日は夜祭り観光客でひしめいている。人混みをかき分けるように屋台がゆっくり曳かれて通る。
屋台囃子、屋台の軋む音、「ホーリャイ」のかけ声、怒号と悲鳴、歓声とが渾然一体となって酔いしれる。しかしラッシュ時以上の人混みだ。みんなバンザイしてカメラをむけ、しきりにシャッターを切る。ノーファインダーである。
押される、よろめく、はいつくばる、踏みつけられる・・・。手ブレの腹いせに前にいる奴の頭をレンズでこづいてやろう・・・と思いながらやめてしまったり。と、とてもまともに写真など撮れやしない。もっとも祭りならどこでも似たようなものだろうが。
ここ山田の春まつりは、毎年3月第2日曜(2000年度より改正)に行われる秩父市山田地区の恒持神社の例祭である。特徴は夜祭り(に使う)屋台の巡行や花火の打ち上げだ。屋台も小型で夜祭りの時ほどの台数は出ないものの、3台の屋台が夜祭りそのままに昼夜巡行される。また夜八時からの花火も見逃せない。日本初の「音楽仕掛け花火・春の舞」をうたったそれは音楽に合わせて様々な花火を打ち上げるというものだ。
夜祭り比べれば知られていない分、観光客も少なく、撮影に打ち込むことができよう。なにより屋台巡行を人に押されることもなくじっくり観ることができる。
常にいいショットを撮ることを考えるのはカメラマンの性分だ。巡行コースに立つと屋台の背後にはまだ雪化粧のとけない武甲山が聳えるいいアングルがとれる。夜は夜でぼんぼりをまとった屋台がまたいい風情だ。花火をバックに両者の競演も撮り逃せない一枚だ。曳き手や踊り子の表情をとらえる者がいる。屋台の細部を描写する者がいる。写真愛好家も、ビデオ愛好家も生録ファンもぞろぞろと屋台のまわりに群がり、後をついて廻る。
艶やかな少女舞に目を奪われていた私であるが、もちろん本来の使命を忘れているわけではない。こうしている間にも私の野生のカメラアイは、つぶさに少女の物腰を・・いや少女の白塗りの項を・・・いやいや・・・屋台の細部を観察しているのだ。
やがて踊りが終わって巡行が再開した。号令とともに拍子木が打ちならされ、曳き手が息を合わせて仕事にかかる。屋台は車輪を軋ませ、またゆっくりと動き始めた。
同時に、うなりをあげてシャッターを切っていた連中もそれぞれに店じまいをし・・・ちょうど別の踊りが始まった他の屋台へ我を先にと一斉に移動していった。
「・・・・・ふ、まったくもって節操のない・・・・」が「早く行かないといい場所が無くなってしまう!!!!」と私も行きかけたそのときである。
「おや・・・??」私の眼力は屋台のとある一点の異変を見逃さなかった。そして釘付けとなったのである。
「・・・そうか・・・そうだったのか」
おお、そのときの私の驚き。稲妻のようなひらめきで事件の全ての真相が明らかになったのである。
大団円
さらに私の謎解きを裏付ける行為を目の当たりにしてひらめきは確信となっていった。
さきほどの囃子方の居る場所の緞帳が中からめくられた。そして差し出されたものは・・・なんと屋台に搭載してあったと思われる箱いっぱいの長葱であった。
ちょうど市場から八百屋へ届くときの、あの長葱の箱に入ったままのやつだ。(泥はついていないな・・・有機栽培ではない・・・細めだ、納豆に向いている)
曳き手の一人が箱から数本を手にとった。
次の瞬間、慣れた手つきでおもむろにそれを・・・・屋台の車軸の隙間に突っ込んだのである。
屋台の車軸はほとんど丸太というほどの木製である。それにやはり木製の車輪がはまっているのだが、車輪の外側の車軸に楔を打ち、車輪が外れないようにしてある。車輪の軸受けの部分は屋台によって、木のままであったり、鉄製の輪っかがはめてあったりするようだ。いずれにせよ結構な重量の屋台に人も大勢乗っているから、当然車輪と車軸は軋み合い、悲鳴を上げる。減りもし、傷みもするに違いない。
長葱は木製の車軸と車輪との潤滑剤に使われていたのだった。
「潤滑ならローションだ」との悪魔のささやきにも負けず検証は続く。
巡行中はこの作業をくりかえす。車軸と車輪の間には、長葱がぐるぐると幾重にも巻き付いていた。擦れて役目を終えた葱は車軸からはみ出るように落ちていく。
「それで点々と路上に擦り切れたような長葱が落ちていたんだな」
長葱の内側のぬめりを潤滑に使うとは、知恵であるのう。
長葱と同時に油も繰り返し柄杓で注がれている。そのために油の入った竹筒が屋台後方下部にぶらさがっているのだ。
全ての謎を解明した私は、夜の花火打ち上げを待つばかりとなった。
「今度こそ本当にひと眠りだ・・・・」それにしても・・・私は述懐する。
「意外にあっけない幕切れだったぜ・・」それでも新たな犠牲者が出なかったのは不幸中の幸いと言わねばならない。危機一髪だったが今は心地よい疲労感に包まれている。
秩父路の春は長葱の芳香にも包まれている・・・・。
「明日の朝食は納豆・・・だ、な。」
私は先ほどの少女舞がしきりに気になってしかたがない。こんどは私のカメラがうなりをあげる番だった。ひと眠りはそれからだ。 了(続かず)
花火野郎 小野里公成
夜祭り屋台の写真は埼玉県観光案内パンフレットより
●厳選観覧・撮影ガイドに戻る