撮影ノート
……たった一度きりの機会。
 たしかに一度しか行けない花火大会もあろう。それでもこの日の長野はやはり特別である。それはこの地での五輪の競技大会がまず二度と開催されないであろうこともさることながら、当日の打ち上げ現場を見れば、そこには民家や農業施設が保安距離内に在り、同じ場所での打ち上げが同様に二度と許可されないことが明確だったからだ。
 今回は五輪という特別な事情と、火災に備えた厳戒な警備体制、そしてなにより近隣住民の避難協力、といういくつもの特例により打ち上げが可能になったものだ。
 いずれにしても「次」の無い「ぶっつけ本番」の「一発勝負」であるから、いきおいそれなりのプレッシャーがかかる。普通のどこかの花火大会ならそれなりに備える事ができるが、今回はどうにも事前の明確な情報が乏しかったせいもある。現地入りして打ち上げのセッティングを目の当たりにし、会場周辺をくまなく歩き回り、煙火業者からなにかしらの話を聞くまでは撮影プランの立てようも無かったのが現実だった。
 会場の南長野運動公園自体が、五輪のための新しい施設であり、当然公式ガイドのそれ以上には周辺地図そのものが無い。今回は関連煙火業者より現地で地図を見せてもらうことができたので、ようやく5箇所の打ち上げ場所配置と大まかなプログラム(打ち上げの花火内容・構成)が把握できた次第である。
 この時点ではじめて具体的に、距離感の把握、各打ち上げ場所を足で確認、撮影場所の割り出し、という撮影のための行動に移れるわけだ。
 打ち上げ場所と花火構成がわかった時点で、まず考えるのは「どういう画面にするか」ということだ。つまり出来上がりの写真のイメージで、そのためには「何処から撮るか?」が最重要課題になり、それが最大の悩みである。
 加えて「一度きり」となれば、まず自分一人ではただの一点からしか撮影できないこと。だからこそ初めての場所にもかかわらず、花火の上がる高さや方向の「読み間違い」も許されないこと。それらが重石となって撮影場所の決定はとても神経質なものとなった。
 決定までのプロセスは………
 5箇所の打ち上げ場所の配置が離れているので、この全てを一画面に収めることは、近場からは困難と判断、聖火台裏の3箇所中心でいくことにする。これに関しては煙火業者から「聖火台裏がメイン」であるとの事前情報を得ていたことが要因でもある。
 次にせっかく五輪なのだから何かしら、関連施設を画面に入れたい、と思った。当然である。花火だけを撮るなら長野五輪である必要もない。もちろん会場内で撮れれば問題ないが、それは新聞をはじめとする多くの報道機関がやることだろう。こちらは入場券も持たないし、独自のアングルも見いださなければならない。希望としては1000メートル以内の出来るだけ打ち上げ地点に近いところで撮りたいと思った。離れるほど光量が落ちるし、何よりも「遠くで撮った」事実がそのまま写真に現れて、迫力や臨場感を損なってしまうからだ。
    
   
 地図とだいたいの風向きから条件を満たす撮影ポイントを割り出す。
 結果としてスタジアム北側、聖火台を挟んで対象の位置を想定した。このあたりからなら、画面下部に閉会式会場を入れ、その上部に3つ並んだ花火が入り、五輪らしい絵づくりになるはずである。ここからが撮影場所を一点に決定するための長い作業になる。
 スタジアム外周道路では主だったところは警備の都合かぐるりとフェンスで囲まれており、道路沿いからの撮影は、記念写真すら困難な状況で、不適だった。
 ホームセンターは19:00時までの営業だが、駐車場は道路に面しており、会場外から閉会式を観覧(?)する客が早くも場所取りを始めている。このお店の屋上にはテレビカメラも設置されている。というのも北側からは唯一聖火台が望める場所だからだ。一見良い場所のようだが、花火打ち上げ場所とはずいぶん位置がずれていて、きっと打ち上げが始まったとたんずっと右方を見ることになるだろう。
 ホームセンター東側の農道、または田圃のあぜ道などをくまなく歩いて、地図と見比べる。実際に想定される画角でカメラも覗いてみる。そして、3つの打ち上げが、スタジアム背後の何処から昇るかを場所ごとに割り出すのである。細かくやるには訳があり、こうして結構大きな前景が打ち上げ地点と撮影ポイントを結ぶ線上で、撮影ポイントの方に近い場所にある時、見る位置の少しの違いで、前景(ここではスタジアム)に対する背後の花火の位置が大きく変わってしまうためである。
 撮影場所背後には送電線もあり、それ以上には後退できない。電線は入れたくない。また街路灯の位置も気になる。そして時間をかけてただの一点に絞り込んだ。最終決定した場所からは、2つのスタジアムの照明灯が3箇所の花火のそれぞれの間にちょうど入るはずである。
 レンズを通して何度も構図を確認すると、「横位置になるかもしれない」と読んだ。これは実際にはそのとおりとなった。意外に3箇所の幅があったためである。レンズはいつもの35からのズームである。
  
会場外周道路脇はフェンスで覆われていて、この歩道からの撮影は困難。またスタジアム自体が小高い盛り土の上に立っていて、道路から一段高いところにある。そのためスタンドの上端がかなり高い位置になってしまう=花火の下方が隠れてしまうことになる。 kakoi.gif
撮影場所近辺農道から打ち上げ方向のスタジアム全景を見る。前面は田圃、C地点の打ち上げ場所のすぐ脇だ。ここからは2〜3人が撮影していた。 stadium.gif
      
 本番では50ミリまで行かない画角ではなかっただろうか。最初万一の保険で縦位置にしてスタート。次いですぐに横位置に切り換え、最後まで約30カットを撮りきった。煙の通過待ちなどで撮らない瞬間もあったので、フルに撮ればもう10カットくらいいっただろう。画面構成、とくに花火が出てくる位置はまったく計算通りである。大切なことは、花火がどれくらいの高さに上がってくるか?ということだが、これは全くの予測である。幸いにセンター10号が十分な高さまで昇り詰めており、いいバランスになった。スタジアムのスタンドの最上部はかなり高さがあるため、スタジアムに近づいて撮るほど花火の下部がスポイルされる。それでなくても煙火業者からは、最大5号のスターマインでは上の方が少し見えるだけ、といわれていた。
 うまい具合に、仮設スタンド端から上がるように見えるA1地点は、スタンドがパイプの骨組みのため、スターマインが根本から(ザラ星の部分から)写った。
 綿密な作業も自然には敵わない。夕刻になって風向きが東寄りに変わった。知り合いの写真愛好家が夕刻訪れて、「こりゃーCの煙が来るかもしれないね」と言い、まさにその通りだと思った。といっても開始まで2時間足らずという頃、今から新しいポイントを検討するわけにもいかない。いちおう見当をつけてB点に近いあたりまで探ってはみたが、変更するまでの思い切りに至らなかった。意を決して最初のポイントで打ち上げを待つことにする。直前の撮影場所の変更が、効を奏することもあるが、いちかばちかの要素もある。今回は「一度きり」のプレッシャーが無難な選択をさせたと言えるだろう。
 結果として望ましい北よりの風には戻らず、打ち上げが始まるとCポイントの煙が目の前を通過する、というまったく望ましくない事態になったのだった。打ち始めは良かったし、Cに近いことで煙が頭上高くを越えていくのであまり影響はなかった、しかし一カ所1000発の連続打ちである。風はけっこうあったものの次第に影響は免れなくなってしまった。
 予測できないことは他にもある。スタジアムが夜間ライトアップされたこと。期間中ずっとそうだったのかはわからない。目の前の現実では、外壁を相当な明るさで照らし出しているのだった。日中問題にしていたのは、スタジアムの照明灯が(打ち上げ中)点灯するか、どうか?だったのだが、結果をみれば些細なことで「どっちでも同じだった」のである。むしろ外から撮るときこの外壁ライトアップの方が強烈であった。
 目の前を通過する煙、これに後ろからライトアップの明るみがあたるような状況になった。すると煙自体がこの明かりを吸収して浮き出してしまうため、露光にはたいへんなマイナスになった。打ち上げ場所からは約800メートルの距離があるので、花火自体の光量不足を補うため絞りもやや開け気味。結果としてかなり白っぽい画面にならざるを得なかった。
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花火野郎の観覧日記-長野閉会式編