猿田彦煙火保存会
花火団体・サークル紹介
「そらだせだせよ!そらだせだせよ!」威勢の良いはやし言葉に誘われて東海道の奇祭“遠州新居の手筒花火”が始まる。
昔から遠州新居の町は、関所があって東海道では、名の通った宿場町として知られています。この新居に関所と今一つの名物があります。これが諏訪神社の奉納花火祭りです。
享保19年寅年(1734年)7月に花火興業という名題で一般に見せたのが始まりです。この奉納花火祭は手筒・大筒・細工花火・打揚と各町技を競っての花火の中に、もっとも名が知られているのが“猿田彦”という神事です。
宝歴10年辰年(1760年)7月、西町の往環通りで花火を出したのが猿田彦花火の発祥で猿田彦の名称が付けられたのは定かではありませんが、古老の言い伝えによりますと、大昔天照皇大神が天の岩戸から出られる時、燈明を照らして、道案内を努めたという猿田彦の伝説を元にして、西町地区の人々が工夫をこらし、作りだしたものです。(新居町西町区に猿田彦神社あり)
手筒花火を燈明になぞらえ、また町の役人が天狗の面と衣装で、これを猿田彦大神に似せて先頭に立ち、大太鼓・小太鼓・ほら貝のおはやしで、数十人老いも若きも、手に手に手筒花火を抱えて、火の中へ突入して乱舞する様は壮観であります。
昔は東海道の往環を西町から諏訪神社まで手筒花火を出しながら練り歩いたものですが、保安距離の関係で、現在は手筒花火の代わりに玩具花火で行っています。江戸時代、参勤交代の大名がこの祭りに出会うことがあっても、一切おとがめは無く、急ぐ時は迂回して通ったということです。
今は奉納花火は7月下句の土曜日の夜、中学校校庭において(金曜日は小学校校庭)、行われています。一度に数十本の手筒花火を出す壮親さは、見る人を一瞬夢幻の世界に引き入れる魅力を持っております。さながら“火のシャワー”といったところです。
この火の祭礼で、氏子たちは音と光と煙に酔いしれ、家内安全・町内安全・天下泰平を祈るのです。
<ほら貝と腹にしみるような大太鼓・手筒花火の花が咲く>
さて猿田彦保存会について少しお話します。現在のように手筒花火が全国的に知られていない45年程前に、この伝統芸能の技術の伝承とこのすぱらしい手筒花火を全国の人に見てもらいたく、結成されました。今では全国各地に花火を出しに行っておりますが、中でも思い出深いのは、冬の北海道旭川で出した花火です。雰下15℃という極寒の地の氷の舞台の上での、花火は忘れられません。
“遠州男子の心意気”ぜひ一度機会がありましたら、ご覧下さい。
静岡県浜名郡新居町新居896−125 TEL053−594−1203
猿田彦煙火保存会会長 臼井 茂
日本の花火ホームページより
各地の花火愛好家団体・サークルなどをご紹介します。メール等でご連絡下さい。
●JFN TOPに戻る
●INDEX 戻る