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発行   サークル花火万華鏡
編集同人 川上信定 武藤輝彦      
     矢野誠一 奥村 純   
     小野里公成 松田尚大
発行所  〒201-0003 東京都狛江市
     和泉本町2-34-4 武藤輝彦内
定価   年4回発行
     1500円(送料共)
郵便振替 00130-9-663056

花火万華鏡最新第24号(2002/1/10発行)より
一部の記事をご覧になれます。

バックナンバーを読む
●巻頭
 
豊饒の宴 -小沢 博
●連載
 ポカ物について(1) -清水武夫
 諏訪湖全国新作花火競技大会 -奥村 純
 花火万華鏡
●NEWS TOPICS
 
追悼 新井 茂氏
 小幡清英氏「現代の名工」に
 ISFS国際シンポジウム日本で開催?
 各地競技花火大会成績表
●考察
 神戸新聞に見る明石歩道橋事故
●寄稿

 第22回 秋の保安・技術講習会 -松木正之
●研究

 玉屋の前に玉屋があった(3) -武藤輝彦
 花火プログラム考 〜御油の目録〜
●COLUMN
 
 「眉間尺」という明治時代にあった玩具
 若い花火師の夢 -本田和憲
●サークル紹介 
 御油町「追分芸術煙火保存会」-御油総年行司長 深井行雄
●編集後記

巻頭・OPENING

豊饒の宴 小沢 博

 若いころは都内各地で開かれる花火大会に、浴衣姿でよく出かけた。足が遠退いてしまったのは、混雑と、どこも似たりよったりの内容に飽きたせいか。ところが2001年の夏は、やけに花火づいた。まず東京湾花火大会。竹芝のレストランの特設観覧席チケットを早くから入手し、女性同伴で粋に花火でも、という思惑である。連れの女性の「わ−、きれい」という歓声が耳に心地よく、久々に花火見物もいいもんだと堪能したのであった。が、まもなくそんな思い出はまことにセコイものになってしまう。花火好きの知人から桟敷席チケットを譲り受け、大曲と土浦の花火大会を見に行ったからだ。
 8月25日昼、秋田大曲駅に降り立つ。小さな地方都市は、地元の人々や遠方からやって来た見物人であふれ、祭の前の高揚が渦巻いていた。開宴まで時間があるので、湧水群で知られる六郷の町を観光。閑静なたたずまいの寺町通り、朽ちかけた昔の商家、ちょいと町を外れれば稲穂が連なる美田、用水路の豊かな水…、心が癒される日本の田舎がそこにあった。大曲に戻れば、雄物川が悠々と流れている。こういう風情があってこそ、日本の花火ではないか。タクシーの運転手さんによれば「おらが花火は、花火師たちが技を競う最も権威ある大会だで、その規模も、環境も、日本一。姫神山に花火の音が反響して、音の大きさも日本一だそうな。
 午後5時、いよいよ開宴。昼花火というものを初めて見た。カラフルな色の煙りや火薬の光が空を彩り、表現変化がなかなか楽しい。その昼花火が終わるころ、空は、はや秋を告ぐ鰯雲が波めく。
 夜の部は、十号割物、創造花火、スターマインの三部門で競われ、出し物は合計93項目。プログラムの順番を告げるアナウンスは、相撲の呼び出し、あるいは火の用心の掛け声にも似た節回しで、花火に趣を添える。十号玉はど1んと一発、潔い大輪の花。創造花火、スターマインは、圧倒的である。先の「わ−きれい」などというレベルではない。「お−っっ」「すげえ−」「……!」の連続なのだ。そして圧巻は、花火のセッション。ワイドな打ち上げ幅をとり、スタンダードジャズの音楽に合わせた花火の掛け合い。大輪の競演や、噴水のような仕掛けが融合し、斬新な演出で見せる、魅せる。
 最後の花火が終わり、締めくくりは花火師との灯の交流。対岸で手を振る花火師たちに向かって、こちらも懐中電灯やペンライトを揺らし、感動と感謝の気持ちを伝える。これがまた、私の胸を熱くさせた。
 10月6日は土浦の花火大会へ。こちらも大曲に引けをとらない、日本屈指の競技大会。スターマインの迫力と美しさに酔う。
 二つの大会を通じて、まさに目からウロコが落ちたというべきか、私は花火の凄さを思い知らされた、恥ずかしながら花火鑑賞者としてはまだ未熟だから、技術的な差異や優劣の見極めはよくわからない。しかし、花火が人の心に与えてくれる大きな感動を知った。2002年は、もっと花火の知識を身につけ、「違いがわかる男」として、また花火の旅へ出かけたい。(「Pen」編集長)
連載・SERIES

ポカ物ついて(1) -清水武夫(工学樽士)

 この種の玉は一般にポカとも呼ばれている。上空でポカッと二つの椀のように割れて中味を放出し空に展開させるものである。使い方によっては大変に面白い。たいてい割物の半分位の重さであるが、それは中の火薬量が少ないからである。打揚弾道は割物の場合ほどには安定しない。
 ポカは大まかに分けると柳と浮遊物になろう。柳は星の燃える時間が長く、燃えながら落下するので、その火の粉や煙が線条の集まりになって空に現れる。浮遊物は袋物や落下傘で、袋物はがんぴ紙などの薄い紙を人形などの形に貼り合わせ、一方に風をふくませるように穴をあけ、その口の縁におもりを並べてつけるものである。これ等の製造作業は多くの手間と広い工室とが必要であるが、安全作業という利がある。こうした浮遊物は少年達にとって大変に魅力があるが、現在は世の中が変わり、だんだんと廃れてゆくのは残念なことである。
 ポカ玉で私の印象に長く残っていつも離れることのないのは細谷さんの「月影の柳」である。氏は鶏冠石の煙群を100万燭光の照明剤の吊光で照らし山した。たしか5号下であったように記億している。
 昼花火の煙柳などに強い光を出す星を混合すると極めて引き立つ。今日普通に見られる光景は、玉が上空で開いた瞬間にもうもうと光るだけで、あとに煙だけが淋しく残る。これは非常に拙い。煙が八文目位に展開して全部の星がそろったところでパッと光るようにした方が良い。昼間に用いる煙の割物などではこのことがぜひ必要である。要は光星が適当なところで光るように延時の秒時を適当に調節すればよいのである。
 ポカ玉の作業などで、安全だということで油断して失敗することがたまにある。上空で玉が二つに割れないで玉皮に小さな穴があいて、そこから火薬が全部外へ逃げ出し、玉が二つに開かないで黒玉になって落下したことがある。ポカ玉の玉の貼り方にも充分な注意が必要である。
 花火の演出では観衆が途中で飽きないように割物ばかりではなく間にポカものを入れるなど工夫が必要であろう。あるいは他の方法も色々と考えられるであろう。円く開く玉ばかりを見ていると、せっかくの銘花もどれも同じに見えてくるものである。
CONSIDERATION-考察

神戸新聞に見る明石歩道橘事故
 
 昨年の花火大会は明石の歩道橋の事故で始まった。7月21日。この事件がもし8月中旬であったら、各地の主催者も警察も大騒ぎしないで済んだだろうし、警備員に従来の倍の費用と人員を費やすこともなかったろう。まず大会開催に習熟していない大会で起きたことであった訳で、多くの大会では本来なら無視して済むことであったろう。この事件を地元の新聞「神戸新聞」の紙面を通して、経過等を振り返って見た。

1.慣れなかったこと。
  
 事件を起こした歩道橋は建設されたばかりで、夏の花火大会は初めての経験だった。正月に「世紀越イベント」が同じ海岸で開催され、花火も揚げたが、その時の観衆は5万5千。今回は10万余。前回は花火終了後ステージが続けられ、観客の流れはゆるやかだった。いわば、この歩道橋にとっては、この大会は処女体験であった訳で「見込み」を誤った訳である。

2.歩道橋の構造位置の欠陥&-96;

  
 普段の生活では、駅と国遺を結ぶ便利な歩道橋であったが、花火大会という雑踏を処理するためには望ましくない点があった。イ・歩道橋本体の巾より、海岸に降りる階段の方が狭かった。口・海岸側のガラスを通して花火打楊が真正面に見えた。このため歩道橋から花火を見物する人もいて階段をおりる箇所の動きが悪く混乱を借増した。

3.警備態勢は総数573名…実数は?
   
 警備計画は正月の観衆5万5千を基礎に考えられ、その時のガードマンによる警備員百名を137名に変更。それに警察官349名、市役所職員87名が加わることになった。ガードマンは本社福岡、大阪に支社、明石には事務所(常時は駐在員がいない)のある「ニシカン」が請負い、同業7社を下請けにして、110名を7地区にわけて配置し、直轄遊撃隊4班(27名)を置いた。歩道橋付近には7人を固定にあとは遊撃隊が担当した。
 警察官は暴走族の取締に重点をおき349名のうち36名が雑踏整理に当ることになった。事実上観衆整理は等閉に附された。またガードマンはよせ集め。で指揮、統制が十分であったか否かは疑間である。

4.歩道橋対策はゼロ
  
 5月21日、6月6日、6月26日、7月16日等警備の打合わせは数回もたれたが、歩道橋を一方通行にするなど状況により分断することは議題になっただけで、ロープその他の用具も準備することになっていたが当日は会場になかった。

5.事件後。死傷者の数と慰謝料
   
 死者は当日10名、後日1名加わって11名。負傷者は当初の233名から増えて、最終的には247名(内長期入院2名)。死者に対する慰謝料は、現在未解決。負傷者には11月中に1,460円の予算で243人に支払われた。治療費の他に入院通院30日未満、入院1日に付1万3,200円入院雑費1,300円。通院1日に付6,600円であった。

6.「警備の責任」についての警察署長の見解……。
   
 当初「一義的には主催者側にあり」とし「主催者に対する指導や会場チェックに甘さがあった」といっていた。その後「警察と主催者の責務は並列で、どちらが優先するということはない」と修正し、更に「警察の責任は警備全般に及ぶ」というに至った。主催者の警備方法は吏員を動員する他は昔はアルバイトを雇うか、消防団員等を動員する〜現在はガードマンという組織がある。しかしガードマンの組織も指揮権や住民に対する強制力には多くの疑問がある。ましてや今回のように7社の混成部隊においておやである。

7.市は、事故調査委員会を作った。
   
 明石市は8月2日に元大阪高裁長官の原田直郎氏を委員長に6名の有識者で事故調査委員会を作り、年木までに13回(月2回以上)の会合を持ち、犠牲者の遺族や市、消防の関係者等から情報等を集めて、来る1月30日までに報告書を提出する予定であるという。この委員会の権限には間題があり、警察は直接出席することはなく、文書のみ提出。なおこの委員会は非公開を原則で開催して“遺族会”からいろいろと苦情がついていた。

8.明石市と兵庫県警本部の対応
  
 この事故に対応し、市は事故対策室を設置。10名の専任者38名の兼務者を配置した。県警は直ちに112名で捜査本部を結成。(後に8月20日更に16名増員)して市警察を含めた「聖域なき捜査」をめざした。即ち8月9日業務上過失致死傷の容疑でまず警備会社の「ニシカン」の家宅捜査を。おくれて8月27日市役所と警察署の家宅捜査をした。県警本部が警察署を調べるめずらしい現象が生じた。なお、警備会社には、事件後市との契約書を作製したり、報告書の一部に虚偽の箇所があったり、姑息な行為が見られたという。

9.死者11名の遺族は「犠牲者の会」結成
  
 9月6日に遺族は「明石歩道橋犠牲者の会」を発足させ、33才の三木清氏を会長に。市、警察、警備会社の三者に謝罪を求めたり、責任が明白になってから慰謝料の交渉に入ることを希望するなど共同歩調をとっている。9月20日、市と会社は謝罪文を遺族に渡し、警察は「回答書」を提出した“遺族会”は更にすみやかに原因を解明し、實任を明らかにすることを求めている。その経過を経て、9月24日明石市民会館で合同慰霊祭が執り行なわれた。

10.三億円の被害者補償金を準備
  
 市は12月7日、市会に被害者補償金三億円を計上了承された。この財源は全国市長会市民総合賠償補償保険に申請する予定という。なお同保険の最高補償額は五億円という。
 以上が12月20日現在の状況である。いろいろなことが未解決のままに越年した。このいわば「未熟者」の過失によって各地の花火大会で大検討が行われ従来の土堤や道路上の一等席がなくなったり、大会終了後の帰路が大迂回したり、多くの観客に不便をかける事例が各所に増えたという。「嚢に懲りて腔を吹く」事象や「屋上屋を重ねる」防備が見られたことも少なくなかったという。警備費が数倍跳ね上がって、花火代が減ったということはこの夏には見られなかったことが幸いであった。(蒼生記)
連載・SERIES

花火よもやま話(24)
  
諏訪湖全国新作花火競技大会  by 花火愛好家・奥村 純
 
 8月15日に開催されている諏訪湖祭湖上花火大会のプログラムに、9月の第−日曜日に新作花火競技大会が開催されていると、掲載していたが、規模が小さいとの情報を得ていた故に、最初に見学したのは第12回の平成6年であった。競技花火はいざ知らずその間のスターマイン、最後の水上スターマイン共、やはり発数は少なく規模は小さかった。
 以後毎年見学してきたが、それこそ毎年、競技花火以外の花火が増え続け、規模が大きくなってきた。
 平成13年の大会では8月15日程とは言わないが、立派で大規模な大会に成長していた。
 競技花火は、7号3発10号2発で、30社が参加しており、5社の花火が出品された所で余興花火として、湖上スターマイン台よりワイドスターマインを上げている。それを繰り返し、終盤にはエキジビションとして、女性花火師6人による5号5発の競技が行われている。最後は諏訪湖名物水上スターマインである。

1. 競技花火
 
〈1〉7号3発、10号2発
 筆者が見学した平成6年、7年は7号4発10号1発であったが、平成8年以降は7号3発10号2発となっている。打ち上げられる花火をイメージした音楽が流れる中、1発ずつ打ち上げている。
 新作花火という事で各種花火を出品しているが、玉が比較的大きいためだろう、芯入り千輪、遊飛星、型物のそれぞれを工夫した作品がほとんどである。
 大曲競技大会に於ける創造花火のスターマインは5号以下、土浦競技大会の創造花火は5号、の中で7号10号で新作花火を毎年製作することは花火家にとって、大変ご苦労な事と思われる。そのため、芯入り千輪の芯を変化させたり、千輪の小花もいろいろと工夫している。
 各社共、良く考えてはいるが、画期的な花火は少ないと筆者は考える。5号の型物で十分なのに、7号とか10号で同一の型物を見せられると筆者はがっくりきてしまうが、方向が良くしっかり開くとどうしても。相好を崩してしまうのである。
 打ち上げる花火をイメージした音楽を流しているが、イメージに合致していると思われるのは申し訳ないが少ない。無理矢理に音楽を流しているような気がしないでもない。花火ファンの筆者は、花火は花火の音だけで十分で、音楽は不要と考えている。

〈2〉審査結果
 10号、大曲競技大会は芯物1発と他1発、土浦競技大会については指定はないが、ほとんど芯物である。これらの審査は同一種類のため比較的簡単と思えるのだが、毎年納得しかねる審査結果が発生している。
 当大会の新作となると、同一種類の花火ばかりでないので、審査は難儀であろう。花火ファンの間でも毎年、順位について意見は別れるのだが、良い、悪い、の評価ぐらいは同じ意見である。当大会の審査結果は良い、悪いさえ超越した、理解しかねるのか毎年である。
 ここ数年の審査員の顔触れを拝見すれば、これではやむを得ないと納得してしまうのである。花火がわかる人、どう見ても1人ぐらいしかいないではないか。これは苦労して製作してきた花火家に対して、大変失礼である。
 各地の競技大会で、同じようにわけのわからない結果が続いている。それ故、何人かの花火家から「まともな審査が出来ないから、もう出品しません」とか、「最初から、審査なんか信用していませんよ」という言葉を聞くようになってきた。つまり花火家は、審査結果を当てにしていないのである。筆者も全く同感である。
 各競技大会の主催者は、肩書きだけで花火のわからない審査員を止め、花火がわかる人を審査員にすべきである。さもないと、実力のある花火家から、競技大会は無視されるようになるだろう。

〈3〉7号早打ち
 7号3発は焼金式早打ち、10号2発は電気点火である。そのため打ち上げ場である初島は、7号早打ち場、10号筒多数、水上スターマイン時の最後のスターマイン筒等で、文字通り立錐の余地もないほどである。
 最近はほとんどの大会で7号は電気点火となっている中で、当大会は珍しいと思われる。
 当大会では毎年のように、発射されない7号玉が1,2発出ている。競技玉という事で昇りが多数ついているため、筒の途中でひっかかってしまうのだろうか。平成13年、ある会社の玉で7号1発目は揚ったが、2発目が上がらず、しばらくして10号2発が上がり、後に7号が1発目の筒とは別の筒から上がっていた。因に、7号は2発しか上がらなかったのである。
 初島からの7号早打ち、花火師が危険で見ていられないというのが筆者の実感である。
 確かに、7号3発で30社というと90本で、初島の現在の広さからすると、筒を全て立てるのは不可能である。とは言え、事故が起こってからでは遅い。
 諏訪湖水辺整備として湖畔の再生事業が計画されているようであるが、初島の埋め立て拡張事業を緊急に実施して、花火を安全に上げられるようにしてもらいたい。

2. スターマイン
  
 このスターマインこそ、当大会の規模が大きくなってきた原動力である。
 当大会のスターマインは全て、湖上スターマイン台2ケ所以上からのワイドスターマインである。筆者が見学した、平成6年7年、湖上スターマイン台は3ケ所しか使用していなかったが、平成8年以降は6ケ所を使用している。
 平成6年ではスターマイン5回の内、3ケ所使用は3回で、最近の大会に比べると発数は大幅に少ないし、内容も変化に乏しかった。スターマイン台が6ケ所になった平成8年でも、同時に使用するスターマイン台は最大4ケ所であった。平成9年以降は毎年6ケ所から同時に上げるスターマインが出てきた。そして、スターマインー回当たりの発数も年々増加してきた。
 スターマインは各種花火を織り込み、楽しめる内容となっている。斜め打ち、リング、蜂、獅子は毎年。平成9年には、ニコニコ顔、麦わら帽子等の型物、最近では、クロセット千輸、白梅、連星、花車、UFO等が上げられ、現在日本で見学できる各種花火がスターマインで見学できるといっても過言ではない。平成13年には各スターマイン台を使用した、ゆっくりとしたウエーブすら出現し、びっくりしたのである。8月15日の時もそうだが、各種スターマイン台間、電気コードで連結していないため、各スターマイン台からの発射がどうしても一致しない事が起こっている。各スターマイン台間を電気コードで結ぶ事は、湖が浅く船のスクリューが引っ掛ける恐れがあるため不可能との事。
 無線での点火も可能であろうが、今後に期待したい。そして、各スターマイン台からの完全同時発射、早い動きのウェーブを熱望したい。

3. 水上スターマイン
  
 水上スターマインは、8月15日と同様、当大会の名物花火となっている。 
 8月15日は毎年片側125発の計250発で、4号から始まり、10号までである。
 当大会では平成6年で片側62発であったが、平成8年70発、平成10年90発で、4号から10号であった、平成11年は片側85発と減ったが5号から10号と内容的に充実してきた。平成13年では片側73発で、5号に始まり7号10号と大きくなったが、10号が30発ずつで、それも芯菊がほとんどで、8月15日と迫力的には差がなくなっている。
 8月15日は三遠煙火(株)が、当大会は(株)小口煙火が、それぞれ担当していて、両煙火会社の差がはっきりと出ている。
 諏訪湖に集まっている観客は皆、最後のプログラムである水上スターマインがわかっているので、途中で帰る人はいないし、水上スターマインが点火されると歓声を上げるのである。水上スターマインならではの開発音と、空気振動はその醍醐味をまさに、体全体で感ずる事が出来る。そして両側の花火が接し始めた所で、初島から上がる大玉スターマイン、湖上と上空で開き続ける花火、花火ファンならずとも陶酔に浸る時間であり、これだから諏訪湖の花火は病みつきになるのである。
  
4. 天気
 
 筆者は、平成6年から平成13年まで全て見学して来たが、花火打ち上げ中には一度も雨に降られなかった。平成8年においてはにわか雨に45分間降られたが、花火開始−時間前には止み、大会中は星が見えるまで回復していた。一方、8月15日の方はというと、雨の中での大会が何回かあり、更に花火が煙の中に入ってしまい、見づらかった事すらあった。
 夏の安定した気圧配置が崩れるのが8月15日頃で、それが回復して良い天気になるのが9月の第−日曜日なのだろうか。何はともあれ、良い天気の中で見学できる事は有り難い。
 しかし、大会本部側から見学していて、風向きが艮く、煙に全く邪魔されなかった大会は、平成6年と平成11年くらいしかない。諏訪湖は風向きには苦労させられる。花火写真家の皆様は、良いコン一万ションつまり風上で撮影すべく、花火開始直前まで、風向きを考え湖畔を右往左往するのである。
 主催者は風向きが艮くない事を承知しているので、花火と花火の間に時間を取って、観害に花火をベストの状態で見学して頂こうと努力しているのである。

5.花火ファン、花火写真
 
 平成6年の大会当日は午後1時より、諏訪市文化センターで、当万華鏡同人の武藤輝彦氏より「花火について」と、小野里公成氏より「花火写真家の撮り方」の講演があった。主催者の予想を大きく上回る大勢の参加者が集まり、開かれた窓の外から熱心に講演を聞く受講生まで出て、主催者もびっくりの光景であった。そして、講演が終了して、両講師のもとに残った何人かの人々が全国の花火大会を行脚してきた、花火ファン、花火写真家だったのである。筆者の体験から当時、全国の大規模な大会を行脚するファン、写真家が何人かいるのはわかっていたが、お互い顔をあわせたのは初めてで名前を紹介し合ったのである。
 花火ファン、花火写真家という言葉が使用されるようになったのも、この時が初めてと筆者は認識している。
 そして、現在のように、花火ファン、花火写真家、が多数となり、大規模な大会になると必ず顔を含わせ、情報を交換するようになったのを体験するに付け、昭和40年代から全国を行脚し、周りから奇異の眼差しで見られてきた筆者にとって、感慨深いものを感じざるを得ない。最近は更に、小野里公成氏のホームページ「日本の花火」に触発されて、花火ファン、花火写真家の仲間が大幅に増えてきた。

6.まとめ
 
 9月第一日曜日は、花火大会のシーズンも終了し、当日は他に大きな大会もなく、花火ファン、花火写真家にとって見学し易い大会となっている。
 8月15日諏訪湖祭湖上花火大会程の規模はないが、7号3発10号2発による新作競技大会であるが、その間に湖上スターマイン台から打ち上げられるワイドスターマイン、最後の水上スターマインと十分楽しめる内容である。新作といっても毎年だいたい、芯入り千輪、遊飛星、型物を応用した花火が出品されている。
 かつて、日本煙火協会、顧問、村井一氏が提案されていたが、各花火会社が得意とする花火による競技大会の実施を切望したい。三重芯、四重芯、小割松島等々、想像するだけでも素晴らしい大会である。しかし、パステルカラーの花火を打ち上げ始め、各競技大会で常運の(株)イケブンが参加していないのは残念であり、同社の参加を強く希望したい。
 平成13年より、石彫公園が1000円と有料化された。なお、平成12年でも本部付近は協賛社席として、一般の人は入れず、有料席と同じであった。因に、8月15日には有料となる、湖畔公園付近は無料で開放されている。筆者はこれだけの花火を良い席で見学するのなら、1000円を出すのはやむを得ないと考える。平成13年の大会では、18時40分になっても「石彫公園の席あります」と放送していたが、同公園は無料であった前年に比べて、2割は観各が少なかった。
 花火を協賛する地元の企業等にとって、8月15日に続いての協賛は、この不景気の時代に苦しいことであろう。そのため、やむを得ず、協賛金不足を補うために有料席を設けたのだろうが、主催者の苦労に同情中し上げる。主催者である諏訪市観光協会は8月15日でもそうだが、観害によく花火を見学してもらおうと色々と工夫している。花火開始前に湖畔の照明を消す、花火打ち上げ中は迷子等の呼び出し放送を一切しない。前の花火の煙が消えてから次の花火に点火する等で、ある。これらは、他の花火大会主催者も見習ってもらいたい。しかし、平成13年大会で、女性花火師の競技が終了して、審査員結果発表まで約15分間、長々と協賛社等のコマーシャルを放送していた。最後の水上スターマインが残っているため、帰るに帰れず、筆者は頭に来る寸前であった。もう少し短くして欲しい。
 遠路、参加されている花火師の方々と共に狭い初島、更に狭いスターマイン台で花火を点火している(株)小口煙火の皆様に、感謝を申し上げたい。
 当大会が今後共、益々盛大になるよう期待したい。
花火万華鏡 〜美しい花火を世界の人々に

 今までそれぞれのきまりでやっていた国々が一つになる。あらゆる規則が一つに定める。欧州連合の統一がもたらす改革が、世界を浄化する方向に向かうことは碓かである。火薬という危険物を取り上げた時、安全ということが最大の目標になることは当然だとしなければなるまい。
 咋年5月大事故を起こしたオランダの結果に則して再検討が国連危険物輸送規則で行われている。7月にスイスで委員会がもたれその方針が提示されたという。オランダやドイツで数十回の実験を繰り返した結果で、これを大きく変えることはなかなか考えられないといわれている。煙火協会は「国際化対応委員会」を設置して今後実験を実施し対応策を講ずるという。
 現在のこの原案では全ての雷物は最も危険な「大量爆発の危険性がある1.1G」で、海上輸送の場合は各種の規制があってほとんど海上輸送が困難に属するという。また割物煙火も径200mm以上のものは「1.1G」にあたると規定されるという。「1.1」のランクになるとそれをのせた船は寄港地で波止場につけず沖積みをしなければならなくなる。それをOKする船長などいるはずがない。7号玉以上の割物がそれになる訳で大問題である。
 ひと昔前と違ってこのごろは打ち揚げ煙火の輸出が減少して影響するところは少ないという考え方もあろうが、厳密にいえば国内の海上輸送も許されなくなり、梱包方法などにもそれなりの配慮が求められてくる訳である。
 僧まれ口をいうならば、ヨーロッパでは大寸物の割物など作っていないし、絢欄豪華な多重芯の大花輪など味わった人も少ないに違いない。直接関係ないものは大ナタを振っても痛くも痒くもないだろう。しかし我々は尺玉を欠く花火大会にはさびしさを感ずる。大寸花火の良さを知らないものが簡単に結論を出さないでほしいと言いたい。
 梱包方法に配慮をするとか、検査制度を決めて合格したメーカーの作ったものは特認するなどの例外を考えてほしい。オーストラリアのオリンピックの閉会式の花火に20号玉が揚がったことが契機になったのか、このごろ20号の輸出の話が増えてきている。日木の大寸物の良さは大きな魅力である。また、今まで日本の打ち揚げ花火が海上運送中に事故を起こしたことなど寡聞にして知らない。クラッカーボールの荷積み中の事故など玩具花火のトラブルはないとは言えないが、打ち揚げでは充分な配慮をすることが可能である。
 我々の立場からは、オランダの大事故の原因やその時の集積状況などの詳細を聞き、なぜあのような大事になったかをうかがいたい。大ミステイクがあったとしか考えられない。著しい非常識によって発生したヒューマンエラーを基準に規則を改正することは望ましいことではない。
 大きな効果がある大寸花火は本来機能上も構造も決して『安全』なものではない。所芦ィの鯛嶽躯芦一て行う所謂安全検査で安心できる実験結果など望むほうが無理と言いたい。所詮『大きな効果がある』ものなのである。
 さらに僧まれ口をアップすれば花火は人間が作るものである。作る人によって良い悪いがあるもの。Aの作った作品は安心だが、Bは未熟ということがある。甲の国の品質管理は良好。乙の国は不備ということもある。
 良い美しい花火を世界中の人々に広く見せるためには作品を篩いわけること、作者を選ぶことをさけてはならないのである。
 (こぽれ話)東北の漁港で船主がインドで煙火を買い、漁船で持ち帰って、大会で打ち揚げたという話を聞いた。コンテナーも10t、20tの大型でなく小型のものもある。漁船は今では遠くまで行っている。考えさせられる話である。T・M
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COLUMN 

若い花火師の夢 新潟 本田和憲(片貝煙火工業)
 
 私の父と先代に共通しているのは、片貝まつりが大好きで、片貝町にある当社を何よりも大切にしている(していた)事だと思います。父と祖父は、もともとは花火屋ではありませんでした。しかし、この町にあった花火屋さんの後継者の間題で、事業を継承したのが当社の始まりです。
 この季刊誌でも度々紹介されている片貝まつりは、祭りと花火とが切り離せない関係にあります。昔は、個人個人で花火を作り、その花火を神社に奉納し、打ち揚げたのか始まりだと聞いています。個人から集。団へと形態が変化し、やがて火薬類取締りの関係から法人となり、技術継承されてきたのが片貝花火の。歴史です、ですから、これだけ花火と密着した町から、花火の製造技術と製造施設を無くしてはならないという思いがあるからこそ、今日まで続いてきているのだと思います。
 私がこの仕事について7年半が過ぎましたが、私の夢は、この片貝町で花火を作り続ける事ではないかと思います。ただ、私自身が職人としてやっていくのではなく、片貝町で煙火製造会社を存続させる事が大事だと思っています。
 この業界をとりまく厳しい環境の中で、メーカーとして生き残っていくのは大変な事だと思いますが、当社を「高度な製造技術をもった会社にする事」と、「安全性の高い、環境間題に配慮した、高品質。多品種の煙火を供給する事」を目標に頑張りたいと思います。その為にも、安定した品質の良い煙火を製造できる環境の整備と、システムの構築の追求が私の仕事だと思っています。どこまで出来るか解りませんが、最大限努力し、頑張っていきたいと思います。
編集後記・FROM EDITORS

★21世紀最初の年は騒々しく暮れました。新しい年を迎えました。この季刊誌も7年目に入りま亥編集者が変わって4号目。紙面を一新しました。横組から縦組に。右開きから左開きに。硬くから柔に。老から若へ移り変わりま亥それと同時に今迄は一人でも多くの方に読んでいただくことが第一目標でしたが、「2つのヒントに3つの話題」のモットーは読者の方どなたにも頷くことが二、三あると信じております。購読料の予算を組めないお役所は別として、大会主催者にも、ご協賛いただきたいと思うのです。全国の花火屋にとって『御得意さま』せすが「サークル花火万華鏡」にとっては読者です。全くお読みになっておらない向きは、ご面倒でもご一報下さい。また、「80円切手20枚」という便法もご活用下さい。
 皆様の格別なご高配をお願いする次第です。
(T.M記)
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