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発行   サークル花火万華鏡
編集同人 川上信定 武藤輝彦      
     矢野誠一 猪瀬哲男      
     奥村 純 小野里公成
発行所  〒201 東京都狛江市
     和泉本町2-34-4 武藤輝彦内
定価   年4回発行
     1500円(送料共)
郵便振替 00130-9-663056

花火万華鏡第15号より一部の記事をご覧になれます。

バックナンバーを読む
●FRONT PAGE
 火の花への怯え -村松友視
●連載
 花火いのち(15)トロッコ流し -川上信定
 明治14年版 清水卯三郎氏の著作について その1 -清水武夫
 花火大会よもやま話(14)
 ふくろい遠州の花火 -奥村 純

 玩具花火「法規上」の歩み -武藤輝彦 その2
●寄稿
 玩具花火の魅力を時代に引き継ごう -杉浦恵造
 ダンゴとケロとバルカン砲 -山縣常吉
 
線香花火あれこれ
 国産「線香花火に挑戦」
 朝顔「すすき」物語 -武藤輝彦 
●NEWS TOPICS

 花火大会に臨時列車が出ています
 花火の切手が売り出された
 各地競技大会成績
●COLUMN
 
 若い花火師の夢 -生島雄作
 質問箱
 万華鏡
●サークル紹介
 大龍勢があがるまで -草薙神社 氏子 堀場 弘 
●編集後記

FPONT PAGE

火の花への怯え 村松友視
 
 日本の戦後、祭が復活するまでには、さしたる時間はかからなかったのではないか。戦争が終ってすぐ、私は疎開していた遠州森町から清水市へ移り住んだ。遠州森町から清水みなとへ……この筋道にはすでに私らしい、手軽なフィクションがからんでいた。清水へ移ってすぐ、私は市内を流れる巴川に架ったいくつかの橋のひとつ、八千代橋のたもとにある“水神様”の祭を体験した。このときが、私が花火を目撃した最初だった。
 打上げ花火は、恐いというのが最初に印象だった。頭上にひろがる花火の美しさを味わうより、すさまじい炸裂音に耳をふさぎ、大人からはぐれぬよう神経を使いながら、夜空が架空の色に染め上げられるけしきを、怯えながら見上げていたという記憶がある。
 また、仕掛花火もその祭で初めて見たのだったが、巴川の中央に浮かぶ舟上に仕掛けられた花火に火がつけられる瞬間に、思わず両の拳を強く握っていたはずだ。
 “みなとまつり”の文字が浮き出て、花火の提供した会社や名家の名前があらわれると、両岸や橋の上の見物人からどよめきが生じた。そんな仕掛花火の様子を、大人のあいだから覗き見たものの、子供の私には祭という実感は湧かなかった。ただ、戦争の中で禁じていた祭や花火の華やぎを、当時の大人は痛切にかみしめていたことだろう。
 小学校へ上がる直前の子供としては、祭の日の昼間、祭を知らせる花火が打ち上げられ、それが炸裂して落ちてくる、パラシュートつきの破片を追うのが楽しみだった。空をさまよう小さなパラシュートを目印に、子供達は争って拾おうとした。私も何度かパラシュートつきの破片を確保したが、手にしてみると取り立てて宝物にするほどでもなかった。そして、長ずるにしたがってパラシュートつきの破片を追うことがなくなり、花火も怖ろしいものではなくなっていった。
 以来、さまざまな花火を見てきたように思う。隅田川の花火をあの界隈の家から見るというのは、ここ数年の習慣にさえなっているし、秋田の大曲まで冬の“雪花火”とでも呼びたい花火を見物に行ったこともあった。冬空に弾げる花火音の、広がりのない乾いた感じにも何となく風情を感じたものだった。また、1997年7月1日の“香港返還デー”に野次馬根性で出かけて行って、ホテルの窓から香港港の花火を見たが、折からの雨天にさまたげられたこともあって、「日本の花火の方が凄い…」なんぞと、柄にもない感想を口走ったりもした。
 しかしそのたびに何かが物足りないという気分が生じた。目の中でひろがる線香花火が一番だね……といった逆説を思い浮かべたりもした。屋根と屋根の間に小さく見える、遠い花火が最高と、利いたふうなセリフを吐いたこともあったが、すとんと腑に落ちる答えという気がしなかった。
 やはり子供の頃のあの“恐さ”抜きの花火が物足りなさのタネではないか、というのが最近になって感じたことだ。花を見物するのではなく、火の花が弾けるのを見届けるのだから、そこには緊張感や怯えが貼りついて当然なのだ。その感覚を失ったことが、いまひとつ花火の手応えがあざやかにならない理由ではないかと思う。火の花に対する怯え……ごく自然なこの感覚を失なったときから、私はおそらく花火に感動しきれなくなったのだろう。では、私の中にある火の花に対する怯えがいつの日から失われたのかというと、いくら辿り直しても、それがまったくつかめないのである。
連載・SERIES

花火いのち(15)トロッコ流し 川上信定
 
 精霊は通ひ来たりて
 精霊はまたも行くなり。
 見よや、かの灯籠涜し
 夜の川波ことごとく
 幾百の灯しを浮がべ
 ほの白う朧めく光
 ゆれゆれて夢にも似たり。
 
一これは大木惇夫「孟蘭盆会の歌」のおしまいの部分。
 戦時中、「戦友別盃ノ唄」の作者として名高かった大木惇夫は、戦後、戦争賛美者としてジャーナリズムから無視され、今では殆ど消えかかった詩人となっている。私は彼の「寂身憧憬」が好きで、散歩をするときやバスを待っているとき、よく口ずさぶ。「河ありて行く雲を泊め 草ありて縁たらへり…」と。「孟蘭盆会の歌」も好きな詩なのだが、長い間忘れていた。
 それが突如といった感じで思い出したのは、8月8日、「北上芸能まつり花火大会」でだった。花火自体は、期待していたよりずっと小ぶりで、演出も平板なものだった。芯物はほんのわずかしか揚がらなかった。最大が7号。かつては尺が揚がっていたが、足利などと同様、規制のため小玉化していったのだ。ところが、灯籠流しが圧巻だった。打揚現場の500mほど上流の珊瑚橋にもやった4隻の舟から、都合数千の灯籠が次から次へと流されるのである。
 この灯籠、北上あたりでは「トロッコ」といい、「トロッコ流し」は、350年余りも続いているという。恐らく川を汚さない素材で作られているのであろう、灯籠自体はひどく小さい。その1つ1つに係りが火をともし、秒速0.3mほどの北上川に投げ入れてゆく。
 それが、まさに「朧めく光」であり、幾百、幾千の灯籠がはるか下流まで川幅いっぱいにゆれ流れていく様は「夢にも似た」気分なのだ。
 上は、激しい音、一瞬ではあるが強い光と明白な色彩。下は、無音。色は、あの懐かしい和火の色一色、その永続。
 ギシギシやアキノエノコログサやアゼカヤツリが生い茂る土手に坐り、目を半目にして上下両方を同時に目に入れると、盆の迎え火と送り火を2つながら眺めているような気がした、
 
 精霊よ集ひ帰りて なつかしき昔を語れ一
 
「孟蘭盆会の歌」の第一連にはこうある。
 そうか、と。何の宗教行事をもたない都市の家に育った私は思った一地方の花火は盆の心が今でも色濃く投影されているのだ、と。
 30年近く前まで、地方のどの大会に出かけても、必ず仏具店提供の仕掛け・裏打ちがあった。青一色だったり橙一色だったり。あれは、撮省してきている長男・次男に「仏壇を買い替えませんか」というメッセージだったのだ。最近はめったに見ない。なんだか寂しい気がする。
 
サークル同人・新刊「花火大会に行こう」著者
花火愛好家奥村 純の
「花火大会よもやま話」(14)
ふくろい遠州の花火

 長期間の不況の影響により、全国各地の花火大会で規模の縮少が続く中で、唯一、年々拡大しているのが、この「ふくろい遠州の花火」である。
 筆者は平成9年から見学しているが、毎年確実に規模が大きくなっている。
 当大会は一言でいうと、何でもありの「てんこ盛り」花火大会である。決して花火をデタラメに上げているわけでなく、花火を良く理解した主催者としては何としても素晴らしい花火を観客に楽しんでもらおうと、各地の花火大会の良い出し物を集めて来ているのであろう。全国名人選抜コンクール、磯谷煙火店のメロディスターマイン・尺玉100連発・空中ナイヤガラがそうである。
 
1.全国名人選抜コンクール
 
 平成9年12社、平成10年14社、平成11年16社と毎年出品会社が増えてきた。内容的には大曲の大会と同じ、10号2発とスターマインは大曲の創造花火となっている部門で、発数的に同数のようである。出品会社名を見れば、花火家・花火ファンにとって、納得のメンバーである。大曲の大会に出品していない、スターマインにおいて絶妙なタイミングで打ち上げる田畑煙火、芯物の名人篠原煙火店の両社が参加している、当大会の方が本当の意味で全国花火競技大会といえるかもしれない。
 本年は篠原煙火店が四重芯菊を出品するというので話題になっていた。各地の大会で四重芯菊を出品している、小幡煙火店が三重芯菊しか打ち上げず、四重芯菊の対決が実現しなかったことは、残念であった。
 その篠原の四重芯菊、1発目は芯が縦方向にちょっといびつだったが四重芯がしっかり見え、2発目は芯も円形にしっかり、色もはっきりと出ており、四重芯が立派に見え、素晴らしい出来であった。
 スターマインの部門でも篠原煙火店は、薄紅色の割物、小割、その後の各色5号八重心菊、最後の銀冠等、出し物も、打ち上げタイミングも良かった。
 審査結果も篠原煙火店が優勝したのは、当然であった。本年の大曲大会の審査結果を聞いて、篠原煙火店は大曲に出品しなくて良かった、と思った。確かに本年の大曲は悪天候のため、花火が見ずらかったのは事実としても、どのような基準で審査しているのか、筆者は理解出来ない。伝統と権威だけはある大曲の大会では、篠原煙火店の素晴らしい花火も選外になったであろうから。

2.尺玉100連発

 本年は八重応変化菊に始り、八重心錦冠菊で終った。開花した花火は、割物・千輪・小割浮模様等種類も多く、品質の良い作品のみで素晴らしかった。狭い現場でご苦労だと思うが、打上げ玉の順番を、イケブン・三遠・田畑でもう少し工夫すれば、さらに良くなると思うのだが。
 添え花として、4号10発・5号10発を上げているが、これだけ品質の良い10号玉が次から次に上がり、様々な色の変化、昔と空気振動に、体全体で花火に酔いしれている時に、下の方で小さく開く花火は視界に人らないし、邪魔であり、添え花は不要である。

3.その他の出し物

 昼物として、イケブンの昼花火を上げている。かってPL花火芸術で上げていただけに、内容こそ違うが素晴らしい花火が出ている。企業提供のスターマインはいろいろな花火を数多く上げており、ワイドスターマインも多い。昨年までは、イケブン・三遠・田畑・磯谷が担当していたが、本年からは青木煙火店も出品するようになった。このスターマイン台数が多く、4社だけでも花火の種類が足りなくなると考えた主催者が、青木煙火店を加えたのだろう。主催者の執念深さを感じる。
 空中ナイヤガラ、会場の関係かそれ程ワイドでないが、5力所から銀冠菊を上げている。昨年までは、イケブンが担当していたが、本年は磯谷煙火店に変っていた。一般の花火大会であればこの空中ナイヤガラで終了なのだが、当大会はこの後にメロディスターマインが続くからすごい。

4.出し物を整理しよう

 本年の夜の部の開始は、まだ明るい18時45分で、一昨年の19時より15分も早まっている。明るいので夜花火が良く見えないのは当然である。理由を聞いたところ、出し物が多くなり、警備の都合で終了21時を変更するわけにいかないので、開始を早くしたとのこと。それなら、19時から21時の間に治まるようにすれば良いのであり、筆者がなくても良いと考える出し物をあげてみよう。
@スターマインと仕掛け等の間の4号早打ち
 観客を飽きさせないためだろうが、空しいだけで無駄である。当大会のような素晴らしいスターマインが続く中で、そのまに観客が少し息を抜くために、花火を上げない間があっても良いと考える。その間を利用して、花火の題名や提供者名を簡単に放送すれば十分で、それ以上のしつこい説明は不要である。
A創作逸品発表会
 当大会が終了して、改めてプログラムを見て、創作逸品発表会でどのような花火が出品されたのか、しばらく思い出せなかった。そうだろう、全国名人選抜コンクールの素晴らしい10号とスターマインが連結して上がり、そして、磯谷煙火店の音楽にマッチしたメロディスターマインと豪華な出し物が続いているのである。8号では、10号に比べて迫力ないし、それも1発ではどうしようもない。当大会のような、出し物の多い大会では競技花火の種目は1種目で十分であり、創作逸品大会は不要と考える。
B本年の最後の大団円スターマイン
 先程来、書いているがメロディスターマイン、主要な打ち上げ場3カ所から各種花火を上げ続け、最後に大量の錦冠菊を一斉に打ち上げた。多数の4号・5号・7号10発・10号10発は入っていただろう。圧倒的な迫力であった。これで花火大会、終了すれば良いのに、青木煙火店により、4カ所から各色牡丹の投打ち、そして5号まで入った銀冠菊一斉で終ったが、メロディスターマインの錦冠菊一斉の迫力には遠く及ばず、中途半端な幕引であった。せっかくの青木煙火店のスターマインが生きていなかった。
 確かに昨年のメロディスターマインのエンディングは今年程、迫力がなかった。花火を理解している主催者にとって、物足りなくて本年のようなプログラムにしたのだろうが、本年はメロディ、スターマインも玉数増やしていたので、このような結果になったのだろう。
 
5. おわりに
 
 会場付近で配られていた団扇に「日本で2番目」と出ていたが、事実と考える。本年も筆者は全国の花火大会を見学してきたが、規模、花火の質等から、PL花火芸術に次いで、当大会はランクされると思う。毎年これだけ素晴らしい内容にする、主催者も大変だろうが、多額な浄財を寄付するスポンサーの各社、狭い打ち上げ場で安全を考え花火を上げている花火会社の皆様に、多大な感謝を申し上げたい。これだけ花火を良く理解し、優秀な花火家の素晴らしい花火を一堂に集めることが出来、工夫された企画により、このような豪華絢爛な花火大会に、この2、3年で成就させた主催者に、敬意を表したい。
 観覧場所がそれほど広くなく、打ち上げ場も狭く、ワイドスターマイン等のその効果も十分出せない等の理由から、当場所でこれ以上、大規模な大会にするのは、安全の面等からも、止めた方が良いと思うのは、筆者一人でないと思う。
 今後はさらに内容の浸い、質の高いすっきりとした花火大会になるように期待したい。
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寄稿-CONTRIBUTION

がん具花火の魅力を次代に引き継ごう -杉浦恵造

 毎年8月の第1土曜日は岡崎の花火大会の日である。新聞報道によると、40万人余の観客を集めたとのことで、非常に盛況であった。大きなどよめきと興奮のうちに、花火大会も無事終了した。
 私は、大混みの中を抜け出し、1kmほど離れた自宅に帰ったが、例年と何か違った物足りなさを感じたのである。それは、道端で花火遊びをしている子供達の姿が、全く見えないことであった。例年花火大会の帰り道では子供達が、必ずといってよいほど道の辻ごとに花火遊びをして、花火大会の余韻を楽しんでいたものである。それが今年は、1ヵ所も花火遊びをしている姿が見えない。
 非常に淋しい気持ちであったが、本年、がん具花火が低調であったことの象徴ともいえるのではないか。
 平成4年をピークとして、がん具花火の売上は天候の状況によって多少の増減はあるが、明らかに低下しており、特にここ2〜3年の落ち込みは大きい。原因についてはいくつかの要素が考えられる。1つは少子化であり、また子供達の生活様式が、昔と変化していることで、外で子供達が一緒に遊ぶ、ということが少なくなってきていると思われる。次に花火遊びをする場所が少なくなって、家の近くの空地や路上で遊ぶことができなくなっている点が挙げられよう。花火遊びをするのに遠く離れた公園や河原などへ行かなくてはならないが、その公園や河原も、花火の燃えガラがごみとなって周辺を汚すため、締め出しを食うことになる。
 また少子化による消費減をカバーしてくれていたのが、大学生を中心とする若年層で、彼等はグルーブで大量に消費してくれたが、最近の不況で彼等の消費も減っているし、購買単価も下がっている。
 しかも、がん具花火は従来からの火取法の規則によって、制限を受けているので、なかなか消費者(若年層)のニーズに応えられる製品が創り出せないでいる。(それでもメーカーさんの努力で以前よりは、かなり見応えのある製品もできているが、まだ充分ではない)。そのため若年層の花火離れが起きているのではないかと推察される。
 安全を確保できる範囲内でもよいから、何とか規則の改正がなされることが望まれる。(特に、噴出物等は薬量が15gから20gになっても、さほど危険度が増すとは思えない。)
 さてこのような状況の中で、我々がん具花火業者は、果たしてどうすればよいのか。会合などでもいろいろ論議されるところだが、なかなか名案は浮かばない。ただ一つ言えることは、子供達は花火が大好きである。しかし花火遊びに接する機会がないだけである。花火をやった子供は皆、花火に魅力を感ずるわけである。従って花火のシーズン中、何かの形で、花火遊びの機会を作るような習慣を生み出さなければならない。今後我々業者としては「花火の日」や「花火教室」などの行事を通じて、子供達が花火遊びに接する機会を作ることが大切だと思う。現在の親の中には、子供の頃の花火遊びの楽しさ懐かしさを、知らない人がだんだん増えているのではないかと思われる。このままにすれば、ますますその傾向は広がるばかりであろう。
 日本の伝統的な夏の風物詩を絶やさぬよう、そして花火遊びの楽しさを次の世代にも引き継いてもらうよう、皆で努力しましょう。
岡崎(M稲垣屋)社長

ダンゴとケロとバルカン砲 -山縣常吉

 一口で言えば、大変厳しい夏戦線だったと言える。玩具花火市場を語る前に、我々の主戦場である玩具市場の上半期について、少し話をさせていただきます。
 東京の玩具人形間屋協同組合(TGN)発行のトイジャーナル誌の景況調査によると、メーカー・卸売業・量販店約190社の回答結果からみると、業況・売上高・利益率について、昨年より好転と回答を寄せた企業は10%にみたず、特に専門店・量販店においてはO%の回答であった。
 また業況見通しについては「悪くなる」の回答が約半数を数える結果となり、市況の厳しさが伺われた。小物玩具市場においても、春先の例のイカ中毒の問題が尾を引き、夏戦線に多大な影響があったように思われる。また夏休み8月20日までの商戦の状況はどうか、一口で言えば厳しい景況は相変わらずで企業格差はあるものの、おしなべて昨年を大きく割り込んでいると言えよう。
 今年は「西低東高」の天気により特に九州・四国地方が夏物商戦一番大切な時期が雨にたたられたようだ。夏物の花火・水物の市況も、一口で不況だから売れなかったでは済まされぬ状況下にあるように思われる。東日本では好天に恵まれたといえ、決して売り上げ増の結果にはならなかった。
 持に都会(東京またその近郊)では各公園全て花火遊びが禁止され、その上学校から花火遊び禁止の話があったとも聞き及んでいる。遊ぶ場所いや遊べる場所が問題のようだ。「音」公害・「あとかたずけ」のマナーの問題も今後の課題だと思う。
 今年の話題性のあった玩具花火は「題」にもしたが、ご多分にもれずあの大流行の「ダンゴ3兄弟」からダンゴを型どったスパークル、数年前から話題になった「ぬいぐるみ」付きパラシュート花火、特にカエル(帰る)の(ケロ)と(色の占い)の特異性。そしてすっかり花火の主流(10年前はロケット花火)になった打上花火、特にネーミングの面白さ、大きさに関係なく内容(星色・変化の妙)の斬新な物に人気が集まったように思われる。連発花火の「バルカン」にその傾向が現れている、全体としては子供思考より、より大人思考に商品が変化しているように思われ、果たしてこの傾向が底引上げに繋がるかは疑問符がつく。
 スーパー・量販店等で売られている「ガラ」のみの花火セット、また専門店の対面販売の売場の減少も、今後人きな問題となると思う。
 あるテレビ局の「今年夏休み子供述びベスト10」という番組があったが、その中に花火遊びは入っていないようだ。ちなみに「ベスト5」は、第1位がカード『遊戯王』以下『Pステーション』・Gマスター(釣具)・ミメル・バトルベーゴマに順になっている。
 「子供の遊びは社会を写す鏡」といわれる、我が業界にとっては由々しき問題を投げかけられたようだ。今後最大の関心事は子供(小学生)まで浸透している【携帯電話】だと思う、親に買ってもらっても、月々の使用料は個人払い、約1万円近く小遣いから差し引かれ、子供社会のウエイトの高さが問題となろう。
 とはいえ、夏の遊びとして花火は「無」にはならず、その面白さ皆で遊ぶ楽しさは、他の遊びの追従を見ない遊びだし、話題性としてマスコミが取り上げてくれている。花火大会も年々数が増え、永久に残る夏の風物詩といえると思う。
 「花火一刻思い山一生」価値ある商品の開発・秩序ある流通・モラルある消費・製販3層一丸となり花火市場隆盛のため努力していきたいと願う者です。
(東京蔵前山縣商店社長)

COLUMN 

若い花火師の夢  大分 生島雑作
   
 ある花火打上現場で県の立ち入り検査があった時のことですが、県の検査員の方がスターマインの設置方法を見たいということで、説明かたがた見せたところ「これはスターマインじゃないのでは?」といわれたことがありました。県の方は、担当になって間もないということでいろいろな資料を読んで勉強したらしく、スターマインとは導火線を使用して連続して花火を打ち揚げるもので、銀滝を使用して打揚従事者が直接落とし火点火する方法を知らなかったということでした。その後事清を説明して理解してもらったのですが、電気点火など利用して打揚従事者の安全を最優先しよう、という最近の流れの中で、私の知る限り九州では、銀滝点火をしている業者がほとんどだと思います。もちろん防護盾等は使用していますが、どうして未だにそんな安全とはいえない点火を行っているのかというと、花火の安売り競争を行っているため各業者は、保安にかかわることに十分な経費をかけられない状態にあるのではないかと思います。事実、主催者としては、同じ予算内であれぱたくさん花火が揚がった方がいい、と思うのは当然だと思いますが、最近では入札によって花火業者を選考する主催者もあり、安売り競争はますます激化してくるのではと不安も感じてますし、そういった状況での花火大会では「きれいな花火(いい花火)」を見られるとは到底思えません。不景気なご時世で花火大会のスポンサー探しに苦労されていることは十分承知の上ですが、花火業者の保安について、そして日本の花火の伝統のために、もう少し主催者の方にもご理解をしていただきたいと願っております。
万華鏡
  
 私の住んでいる所は、東京都のはずれ多摩川に沿った住宅地である。まだ畠も残っており家屋密集地でもない。数年前までは夜ともなれば、5月の終わり頃からシューとかピィーとかいう音が、晴れた日には聞こえたものだった。
 ところが夏の天候も何か定まらなくなったと共に、毎年段々と花火遊びの昔も消えてきて、今年は全く聞こえなくなってしまった。ほんとにシューともピィーともしないのである。確かに子供は少くなった。近所の小学生は数えるほどである。その子供が花火遊びをしなくなった現象は、日本全国の風潮である。吾々花火屋はこのまま何もしなくてよいのだろうか。ジリ貧というが心配でならない。
 まず、子供たちに花火に親しませること。それには幼い時に花火を敬遠して育った母親達を対象に含めて、花火の大デモンストレーション、啓蒙運動を実施することをまず考えるべきではなかろうか。テレビを通じ、マンガ本を利用し、ドラマの中でも花火の面白さを訴える。花火大会に集まる観衆は減ってはいない。花火を好む人情は不変であると信じたい。花火を手にするチャンスを増やしていくことはできなかろうか。
 そのためには、花火業者が協力して実行委員会を作り、相当の金と知恵を集めて大キャンペーンを実施する。座っていて金も出さないで、成り行きにまかせていては道は拓けまい。特に若い3世・4世の諸君が“自分達のこと”として全力をあげて考えて奮闘することが望まれる。
 青年向きの大型なスリルの豊かなものが売れるだろう一誰もが考えていることを実現するためには“1条の5”の改正を果たすべきである。そのためにはこれも若い実行委員会を作り、しかるべき所に執拗に運動しなければならない。多くを望まなくてもよい、次の3点が改まれば需要は拡大するに違いない。
1.打揚物……乱玉の火薬を5g増加して1lg以下に。単発物を5g増量して15g以下にする。
2.吹き出し(噴出)物……薬量は11g増量して25g以下にする。
3.多年懸案になっている組合せ物を加える。もちろんその他サキソン、滝など大型化しても危険性のない物もあるが、3種の増量ができれば望ましいし、さらに火薬の増量があと+5gとなれば充二分である。この日進月歩の世界で、昭和35年(1960)の大改正以来その規格が変らないのが“がん具花火”である。なんと40年不変なのである。子供=児童向には危険だというのならば、成人用という制限をっけてもよいわけで、不変ということは需要者に対して“失礼”といいたいし、関係者が“怠慢”といわれても仕方がない。
 確かに“今”は誠に悪い環境にある。“地方分権”という大改革のために、煩わしい小変革は論議されることはない。しかし逆も真なりということもある。政治的な活動をするチャンスかも判らない。がん具関係者の大集合を叫びたい。特に若い人々の奮闘を期待したい。(武藤輝彦)
編集後記・FROM EDITORS

★この度発令された“地方分権”の改正は、見慣れない法律である。「地方分権の推進を図るための関係法律の整備等に関する法律」は7月16日内閣総理大臣の発令。14章に分かれた745条。関係各省13省に関するものが一括並べられている。通産省関係は第9章第307条から370条まで。火薬類取締法はその第308条で約25項目にわたって、改正あるいは削除をしている。そして施行令には、小渕総理大臣以下13名の大臣の連署である。
★火薬関係以外の法律になじんだことのない者には、敗戦時の火薬製造禁止の折のポツダム命令の大臣連名。さらに明治17年12月の火薬取締規則発布時の連署を連想する。後者は三条実業太政大臣・山県有朋内務卿・西郷從道陸軍卿・川村純義海軍卿の4名が並ぶ、いかめしいものだった。今回の地方分権は、ポツダム命令や火薬規正時と同様の大事件・大変革というのだろうか。確かに地方の者防府県はご苦労さまである。
★「右へならい」と法文上の改正だけで済むものなのだろうか?今後今まで通産省が決めていた改正は、従来どおり中央が決めて行くのか?地方からの要請に基づくのか?小さな政府になるのか?二重の行政が改まるのか????ばかりである。明治の初め煙火の本を翻訳出版した清水卯三郎氏について、清水先生に書いていただいた。維新後最初にイギリスから煙火を輸入したという先覚者、マッチの原料として、塩素酸カリが輸入されて8年足らずに、その原料を使う花火の本を出した。どれくらいの人々が読んだか興味深いハナシである。
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