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発行   サークル花火万華鏡
編集同人 川上信定 武藤輝彦      
     矢野誠一 奥村 純   
     小野里公成
発行所  〒201-0003 東京都狛江市
     和泉本町2-34-4 武藤輝彦内
定価   年4回発行
     1500円(送料共)
郵便振替 00130-9-663056

花火万華鏡第19号(2000/10/10発行)より
一部の記事をご覧になれます。

バックナンバーを読む
●FRONT PAGE
 花火と戦争 -白石一郎
●連載
 花火いのち(19)大曲の2つのニジ -川上信定
 銘花 -清水武夫
 花火大会よもやま話(19)ぎおん柏崎まつり海の花火大会 -奥村 純
●SPECIAL NEWS

 広東省で大事故 省内全工場 生産停止2ヶ月余
 事故を考える
●NEWS TOPICS
 大曲コンクールに総理大臣賞
●寄稿
 大空のドンパン節=歌う花火で巧みな味付け -石橋成彰
 2000年 真夏に「雪」と「灰」が降り -山縣常浩
 思い出の? 成績表-最後の隅田川競技会
 串花火と日傘の思い出 -愛知県小坂井 原田 保
●研究

 回転花火物語 -武藤輝彦
●COLUMN
 
 質問箱
 万華鏡
●追悼・訃報
●募集

 読者の推薦募集 20世紀の後半花火ベスト5
●編集後記

FPONT PAGE

花火と戦争 -白石一郎

 私の知人に大の花火好きがいて、近郊で開催される花火大会については事前に残らずチェックして、少々遠くても可能な限り見物して回るという。
 「花火もいいが、打ちあげたあとの硝煙の匂いがたまらない。あれが好きだと人にいうと、ひょっとしてお前は戦争好きなんじゃないかといわれる。そうかなあと反省することもあるよ」とその友人はいった。花火好きにもいろいろなタイプがあるらしい。
 私の仕事場は福岡市の西郊の西公園の参道脇にあり、ここからは有名な大濠公園も間近である。歩いて5、6分という距離だろうか。毎年8月、福岡ではこの大濠公園で、大規模な花火大会が開かれ、ことしで38回めとなる。
 この仕事場へ移転して間もなく私は自分の秘書をしてくれている時代作家の杉洋子氏を連れて、大濠花火大会の見物に赴いた。気軽に出かけたところ、広い公園の中は数十万人という見物客がひしめいて立錐の余地もないほどである、右手に団扇を持った女性の浴衣がけの姿が目立つ。
 人波をかき分けがき分けてようやく立って見物する足場を確保し、1時間も待つうちに花火がはじまった。
 ボン、ボンと仕掛け花火が勢いよく夜空を染めはじめると、同行した杉さんがガタガタ震えだし、両手で顔を蔽ってしゃがみこんでしまった。
「どうしたの」
「気分がわるいんです。最ります」
「帰るったってこの人混みたせ。ちょっと待たなきゃ」
 しかし杉さんは強引に人混みを押し分けて人の輪の外へ向う。おどろいて私も後を追った。
 理由をあとで聞いてびっくりした。杉さんは小学生のころ、大阪から四国の故郷の伯方島へ瀬戸内海を船で渡ろうとしたことがある。
 そのとき米軍機の空襲を受け、航海中の船上に焼夷弾がばら撤かれ、船長や乗組みの人々は直撃弾をあびて死んだ。あまりの恐ろしさに、その船がどうなったのか、自分がどうして助かったのか、きれいに記憶が消えてしまっていた。花火を見ているうちに一瞬、その恐ろしい記憶がよみがえってきて、体の震えがとまらなくなったのだという。
 花火と焼夷弾………そうか、そんな記憶を胸に抱いている人もいるのか。それを聞いて以来、私は何となく花火大会へ足を運ぷことをやめてしまった。大濠公園ではことしも8月1日、第38回の花火大会がひらかれた。仕掛け29台、早打ち15台、単発6千発の花火が打ちあげられ、45万人の見物客が集まったらしい。
 私は公園には行かず、仕事場の窓を開けて、林立するビルの上空で明滅をくり返す赤や黄の仕掛け花火を眺めていた。
 今は毎年、そうやって花火を見ている。(作家) 
連載・SERIES

花火いのち(19)大曲の2つのニジ 川上信定
 
 今年の大曲も若い友人・石川淳君の勤務するAKT横手支局のお世話になった。
 横手は大曲の東南約20キロメートルにある。石坂洋次郎「青い山脈」の舞台になった美しい小都市だ。
 当日の秋田地方は昼前から降りず降らずみの天候。昼食後、俄雨の中、石川君のボロ車に便乗して平鹿町「浅舞の槻の木」を見に行った。樹齢500年。槻とは欅の古名である。すぐ傍の水量豊かな湧水を利用して「天の戸」その他の銘酒が造られている。
 いっぺん横手に戻り、3時過ぎ、ザーザー降りの中を、改めて大曲に向った。裏道の農道から農道を辿り、小1時間で大曲橋西詰の西根の駐車場に到着。雨は熄み、日が出てきて暑いので1時間近く車の中で待機した。同行は支局長のMさんはじめ6人。大曲どころか花火大会は初めてという産経新聞S記者の要請に応じてミニ花火講座をやった。
夫婦のニジ 大曲橋を渡って会場に向う。ゆったりとした雄物川の流れを見下ろしながらS記者に「この川は、河がふさわしいか、それとも江か」と訊いた。分らないというのでクネクネ曲がっている川には黄河の河を、雄物川のように比較的まっ直ぐな川には揚子江の江を当てるのだと能書をこいだ。
 「江のつくりの工はもともと男性器のことで、まっ直ぐであることを意味するんだ。女性器を意味するのは臼さ。
だからオスのニジは虹、メスのニジは蛆(虫へんに臼)と書くのさ。古代の中国人はニジを巨大な虫だと思ってたんだな」
 S記者が「本当にメスのニジなんているんですか」といった。「おう、いるとも」
 大きいオスと、小さいメスと、同時に2つ出る夫婦のニジ。知識としては知っているが実のところ実際に見たことはない。サンデー毎日のグラビアで北海道倶知安のを1度と、4年前の11月、朝日新聞1面に載ったカラー写真を1度見たきりだ。
 5時からの昼花火の間、雨は降ったり熄んだりだった。それでも姫神山の向こう、西南からのかなり強い風で雨雲はどんどん北東へ流されていき、少しずつ青空が広がりはじめた。
 6時少し過ぎだろうか、ビニール合羽を脱ごうとして桟敷後方を向いた私は「お、お一うっ」と声をあげた。出ているのだ。ニジが。それも虹と蛆が。全員が嘆声をあげた。
 蛆は小さく、くっきりと。虹は大きくうっすらと。慌ててカメラを出し「恐らく写らないだろう」と思いつつシャッターを押した。結果ははっきり写っていていい記念になった。
 小人の学は耳より入りて口より出ず、という。ウロ覚えの知識を披露して半信半疑の顔をされた私だったが虹と蛆のおかげで名誉回復。本番がはじまると皆が私の採点表をのぞき込み、「今のは何点ですか」と訊ねるのだった。ちなみに割物、私の採点では山内さんが95点で2位を3点以上離して優勝だった。
 
サークル同人・新刊「花火大会に行こう」著者

銘花 -清水武夫
  
 良い花火とはどんな花火であろうか?
 私は「花火は一瞬なものではあるが、それが長く印象に残るのが良い花火である」という説を樹てている。まずこの基準に照らして、私自身の場合でいえば、良い花火はあまり多くはない。次のこれを2、3の例について掲げてみよう。
 
月影の柳 
 
 細谷政夫の作である。種類はいわゆるポカである。鶏冠石の黄煙(夜は白煙に見える)が、天空に多数の柳枝となって懸吊され、それが強い白光によって空に浮かび上がるのである。それは壮大で動く墨絵である。これを形容すれば幽玄である。あまり技巧を凝らさないで人心を深い境地に導く着想は実に優れたもので、細谷さんの独創的な天分によるのであろう。
  

  

 故地谷幸友氏の作である(現在は池谷博文氏継承)。割物であるが、目の覚めるような黄金色の花弁に青の忠を配したものである。花弁の色と芯の色とが、美しい対照と穏やかな調和を保っている。幸文氏が「近頃のアルミはどうもうまくなくて……」とこぼされていたことが思い出される。あの金色には氏の独特の秘伝があるのであろう。原則として、花弁と芯との対比が強過ぎても弱過ぎても良くない。赤と緑は初心者によく用いられるが、対比があまりに強過ぎ、かえって効果が失われる。
 
八重芯
  
 菊花型花火の代表的なものに八恵芯がある。また三重芯や四重芯を作ろうと思えば出来るであろう。しかし美しさからいうと、せいぜい八重芯止まりにした方が良い。人の眼の感覚は、どこまでも追いつくとは限らない。三重芯までやってみる人もあるが、眼の認知力に限度があるから、ただ目まぐるしく忙しい花火になってしまうのではないか。忙しい中にも、どっしりと落ち着いた花火が良いと思われる。
 
菊花型花火
   

 旗手はやはり故青木多門氏(現昭夫氏)であろう。数多くの菊花型花火のうち青木さんの作品は一見して他と区捌がっく。割物の現象からいえば、第1段は花弁の円の広がりが極めて速く、最後の一瞬ぴたりと一割こ止まって見えるのが、最高の技術であろう。青木さんの割物は、これに近くなるように精進が重ねられている。我々は人間であり、人間の眼でものを見るのである。人は必ずしも物理的な眼でものを見ているのではなく、芸術眼で花火を見ているのであるから。
花火愛好家奥村 純の
「花火大会よもやま話」(19)ぎおん柏崎まつり海の花火大会
 
 本年は、西暦2000年ミレニアムということで、各地の花火大会も例年より大規模になるのではと期待して、夏のシーズンを迎えたが、IT関係の業種を除いて不況が続いており、昨年より規模が大きくなった大会は少なかったようである。
 とある大会では、ミレニアムと10回記念大会ということで特別な出し物があるというので、会社を休み現地へ行くも、実行委員会は何を勘違いしたのか、ライブコンサートを入れてしまった。そのために花火代金が減ったためだろう、花火が縮小されてしまい、まさに羊頭狗肉の大会もあった。ちなみに、このライブコンサートを聞いていた客は少なかったのはいうまでもない。
 新潟県で花火大会というと、余りにも長岡が有名過ぎるためか、当大会は花火ファンくらいにしか知られていなかった。毎年7月26日に開催しているが、初めて筆者が平成8年に見学した時、柏崎駅に着くも、花火見物らしい人はいないし、花火大会が開催される雰囲気が全くなかった。それでも会場に着くと地元の人々が集まって来ていたが、余裕を持って見学出来た。しかし、大会はダラダラと2時間30分も開催し、花火の質ももうちょっとだったし、何台かのワイドスターマインも手で点火していた。ただ、海中空スターマインという斜め打ち出しのスターマインのみ印象に残っているぐらいで、再度来る必要のない大会と思っていた。
 しかし、平成10年大会から担当花火会社が、片貝煙火に変更し、良い大会になったという情報が入っていた。本年6月、当大会で柏崎市制60周年と2000年ということで、空前絶後の尺玉600発を上げるという話が入ってきた。花火写真家・花火ファンの話題をさらい、そして皆、柏崎を目指すのであった。7月26日花火ファンの筆者も当然会社を休み、柏崎駅に期待に胸を膨らませて降りたのである。今回はさすが駅には多数の見物客がいたが、他の大規模な大会に比べると、それ程多くなかった。

1.尺玉600発

 昭和40年代のPL花火芸術における終盤の芯菊の超早打ちでは、尺玉が1000発以上打ち上げられていたが、近年は減ってしまっている。その中で今回、柏崎で尺玉600発を上げるということは近年にない非常に大規模な打上げなのである。最近は、尺玉の打上げは電気点火が一般的であり、600本の10号筒を並べ、そして電気配線となると膨大な仕事量になると、頭では理解出来ていた。
 当日、現地に着いて、黄色のFRP製10号筒が防波堤にずらりと並んでいるのを見て、やはりその多さに圧倒させられた。そして、いやが上にも武者震いしてしまうのだった。
 いよいよ、最後のプログラム、尺玉600発である、天候は良いが風は弱く、その前の大規模なスターマインの煙が一部残っている中で、ワイドに7ヵ所から一斉に昇り龍が上がり始めた。花車芯牡丹・漣波菊・キラキラ芯牡丹・芯入り牡丹・土星。12ヵ所から一斉錦スパン2回・芯入り花車・芯入り牡丹・大輪菊・満星・銀冠・12ヵ所から一斉銀冠1回・万華鏡・芯入り錦冠・輪に蝶・椰子芯牡丹・芯入り銀冠・錦冠。12ヵ所から4発ずつ一斉錦冠と花雷千輪。
 ノンストップで約9分間、上げに上げ続けた。心の中で何回「時間よ止まれ」と叫んだだろう。茫然自失、終了して、自然と拍手している筆者であった。
 風が弱かったため中間で一部見辛かったが、その後順調に煙が流れ、後半はほぼ見られた。段打ちや一斉、片側から順番に上げたりと点火に工夫を凝らし、さらに開花した玉は明るく鮮やかで手抜き玉はなく、全てしっかりと丸く開いていた。さらに絶妙なタイミングで上げ続け、点火ミス・過早発・低空開花・黒玉は当然なかったし、さらに玉の装填ミスもなく、まさにパーフェクトであった。
 ただ残念なのは、千輪菊が上がらなかったことである。一般の打ち上げで素晴らしい彩色千輪菊等が開花していただけに、期待していたのだがその代わり、万華鏡が開いていたかも知れないが。
 今回のこの花火、筆者の採点は、98点である。2点は千輪菊が上がらなかったからであるが、尺玉のほとんどの種類を見学出来た。非常に良い企画であった。まさにプログラムに出ている通り、怒溝の尺玉600発で、筆者の花火人生に残る秀逸な出し物であった。これだけの素晴らしい花火を製作し、打ち上げた全ての皆様に厚くお礼を申しあげたい。さらに多額の浄財を拠出された、特別協賛者にも厚くお礼を申しああげたい。

2.海空中スターマイン

 見物席が陸上から海辺に向けて緩やかに下っている、当大会の会場条件を十分に考えたのがこの花火である。
 海中スターマインは、筒をほぼ水平にセットし、海面上で半円形に花火を開かせるスターマイン。
 海空スターマインは、筒を斜めにセットして海上に向けて発射し、普通の高さより低い位置で開花させるスターマイン。
 海中空スターマインは、上記両方のスターマインを同時に点火し、海面上で半円に開く花火と空中で開く花火が接し、上下にワイドに開花するスターマイン。
 これらの花火には曲導が付いており、海面すれすれあるいは斜め上空へのそれぞれの光跡、そして開花した花火。さらには海面上に写ったそれらの映像とで、視界いっぱいが花火になる、特徴的な出し物である。
 花火を打ち出す方向は客がいない海上で、安全は十分に確認されている。
 当スターマインを構成している玉は、一般のスターマインに比べて、バラバラのような気がしてならない。もうちょっと玉の種類を工夫して打ち出した方が良いと思うが?
 海中スターマインで千輪物を最後に一斉で打ち出しているが、小割が海中に沈んでしまうのか、ごく少ししか小花が海面上に出ず、せっかくの千輪が無駄になっている。海中スターマインでは、千輪物は使用しない方が良いと考えるが?
 当スターマインは、研究すればもっともっと面白い演出が出来ると思うのでこれからの努力に期待したい。

3.ワイドスターマイン

 本年の当大会のスターマインは45台で、1カ所からが23台、2カ所からが4台、3カ所以上が7台・海中空スターマイン関係が9台・ワイドスターマインと海中空スターマインとの組み合わせ2台と内容が充実している。
 2カ所からのワイドスターマインは、同一種類の花火を上げることが多かった。
 3カ所以上の大型スターマインになると、牡丹・冠・型物等の各種花火を組み合わせ、1カ所ズツ色を変えたり逆に単一色で統一したり、小型花火と大型花火の組み合わせを工夫したりと、非常に細かい演出により花火を打ち上げていた。さらに斜め打ちや打上げ箇所を、例えば3カ所から5カ所、さらに10カ所というように変化させる等、花火ごとの特質を十分に理解し、電気点火により絶妙なタイミングで、段打ちや一斉により打ち上げ続けた技術には、敬服せざるを得ない。
 特に印象に残っているスターマインは、各種花火の最後に連星が3ヵ所から一割に出現した時には、思わず唸ってしまった。しかし、見物席から距離があったため、連星が小さくしか見えなかったのは残念であった。
 これらのワイドスターマイン、600メートルの長い防波堤を生かした素晴らしいプログラムであったが、尺玉600発と合わせての準備は非常に苦労されたことと思う。現地は確認していないが電気コードの山で、電話線の工事現場と見紛う程だっただろう。

4.三尺玉

 三尺玉は、尺玉等が設置されている防波堤より、約370m離れた大防波堤に設置された筒より打ち上げられた。1発目は、昇り付大輪菊小割浮模様。2発目は、昇り付錦冠菊小割浮模様であった。2発共予想していたより高く昇らず、ちょっといびつだった。
 筆者も含めて大多数の見物客が見学した海浜公園から見る限りにおいて、遠くで開花する3尺玉は、近くで開花する尺玉とほぼ同じ大きさで見えてしまった。しかも尺玉は明るく鮮やかで、しっかり丸く開花していた。さらに3尺玉と同じ種類の尺玉の、大輪菊小割浮模様はしっかり丸く小花も明るく鮮やかに開花していた。これでは3尺玉が開花しても、観客からの拍手が少ないのも当然である。特に2発目の3尺玉の時は、それが開花し星の光が消えた直後に、手前の防波堤からワイドに5カ所から、尺玉の錦冠5発等が一斉に上がったが、それに対してのみ観客から大歓声が上がっていた。
 直言させていただければ、遠くの3尺玉より手前の尺玉の方が大きく立派に見えるのであれば、3尺玉は無駄であり中止した方が良いと思う。特に最近は電気点火の進歩により、迫力あるワイドスターマインが打ち上げられるようになっており、3尺玉の意義が薄れているような気がしてならない。
 当大会では、むしろ手前の防波堤を利用して、2尺玉を上げた方が効果的と考えるが如何だろうか?防波堤が狭くて、筒が運べないかも知れないが。

5.まとめ

 本年は柏崎市制60周年とミレニアムということで、尺玉600発をワイドに約9分間にわたって打ち上げ続げた。品質の良い各種花火を、正確に緩急をつけて段打ちや一斉で打ち上げ、素晴らしいプログラムであった。この尺玉600発は、特別協賛金を出す企業も大変で毎年は無理だろうが、5年に1回でも実施してくれたらと思うのは、花火ファンばかりでなく柏崎で、当日見学した全ての人の願いだろう。
 しかし、この尺玉600発がなくても、ワイドスターマインや海中空スターマイン等の勝れた出し物が並ぶ、国内屈指の花火大会である。筆者の、毎年必見の花火大会に加えねばならない大会であった。
 筆者が平成8年に見学した時は、花火の質・スターマイン共たいしたことなく、ダラダラと退屈した大会だったが、担当花火会社が変わっただけで、これだけ内容の充実した良い大会になるのだから、いかに花火会社の選定が重要か分ろうというものである。
 当大会が来年以降も、このように盛大に継続して開催されることを、切に希望したい。
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NEWS TOPICS

大曲コンクールに総理大臣賞
 
 今年74回を迎えた秋田県大曲の全国花火大会に一段と箔がついた。内閣総理大臣賞が今回付与された。地元出身のセンセイが内閣官房参事官室に強く運動し、社団法人日本煙火協会も賛同して由詩した結果、大会開催の旬日前に決定。総合優勝として群馬の菊屋小幡煙火に初授与された。
 従来大曲の大会には昭和38年(1963)以来、通産大臣賞と中小企業庁長官賞が供与されていたが、今回さらに最優秀賞が与えられたわけである。もうひとつの通産大臣賞が与えられている茨城県土浦のコンクールは、大曲より2年早く昭和36年(1961)に両賞が与えられた、いわば先輩である。今回運ればせながら、総理大臣賞を申講中という。
 来年から通商産業省の名前も変わる。同じ花火に重賞というのも妙だし、第1位が総理大臣賞、第2位が大臣賞というのもまた奇妙ではあるまいか。妙案を考える必要を感じる。ちなみに花火業界に総理大臣賞が与えられたのは、平成4年(1992)大曲で、アメリカ、中国、オーストラリアなど6ヵ国の参加を得て開催された「国際花火デザインフェアー」を唯一とし、別に昭和33年(1958)に東京両国の川開きに岸首相から贈られた総理大臣盃がある。後者の場合は対象業者が8社に過きず、賞状を出さない表彰であったといわれ、昭和36年“川開き”が中止されるまで4回しか続かなかった。
寄稿・CONTRIBUTION

大空のドンパン節=歌う花火で巧みな味付け

 産経新聞(9月6日)は「音を見にゆく」(日本の音の博物誌)という連載特集で花火を取上げている。「島根の鳴き浜」「雷」「おもちゃの楽器」などのテーマの1つとして取上げたもの。作者は編集委員の石橋成彰氏。 

 夜空を彩る花火は、色と光と音の総合芸術だが、近ごろ音の旗色が悪い。
 日本煙火芸術協会頭間の武藤輝彦さんによると、小さな音の花火製作が、花火師の課題になっているという。騒音として嫌われるからだ。野球場のホームラン花火も、テーマパークのショー花火も、周辺住民への配慮が必要になった。風向きを考えたり、音の大きな「劇物」を避げたり…と、苦労している。
 運動会などの開催を告げる信号花火は、音が主役の花火だが、同じ理由で出番が少なくなった。
 花火大会でも玉の制限がある。2万発を打ち上げた隅田川花火も、火薬量の多い菊花火のような割物は4寸玉まで、玉が2つに割れて細工を放出する「ポカ物」は5寸まで。川幅や上空からの花火屑のせいもあるが、音が影響している。
 終戦後から昭和34年頃までは、5寸の割物を上げていたそうだ。
 打ち上げ花火の音がなくなったらどうなります?
 と武藤さんに尋ねてみたら、味気無くてむなしいね、花火じゃないね、という。
 「ズンと腹にこたえる響きが花火のだいご味。光と音だけでは迫力と豪壮さが伝わってこないじゃない…」
 遠花火だって間を置いて聞こえる昔があってこその情緒だろう。
 花火見物に出掛け、耳に神経を集中させてみる。
 ヒュルルル…まずは筒から玉を打ち上げるときの発射音が聞こえる。どんな大輪の花を描いてくれるかな、という期待音である。
 上空で花を開かせるときの腹にこたえる開発音は、クライマックスを告げる大音だ。劇物に比べてポカ物はやや控えめな音になる。
 花弁の先で光が消えようとする際のバリバリという先割り昔。噴出音とともに上がる笛花火。蜂のような昔で飛び回る蜂花火。改めて音に巧みな味付けが施されているのを知る。音は花火のスパイスなのだ。
 音受難の時代だが、花火で音遊びを楽しむ花火師もいる。秋田・大曲の大曲人工新山煙火製作所の新山良治さんは大空で秋田民謡のドンパン節を歌わせる。
 「型の発想はいろいろできるが、ひとつ音で独自性をだしてみよう、と…」
 幸いドンとパンの昔なら花火の得意技だ。発音の時間差は導火(みちび)の長さで、音の高低は発音薬の量の加減で調節して、メロディを仕上げた。ドン・ドン・パン・パン・ドン・パン・パン…でほぼ6秒。この7つの音の組み合わせで歌い上げる。
 昼用と夜用の2種類があり、どちらも光と色が昔に合わせて舞う。「余興ものですが、結構喜ばれます」と新山さんはいった。
 山鹿の太鼓を鳴らしてみよう、笛花火からドレミの音階を降らせたらどうか…。そんな試みも実際に各地で行われている。花火師の遊び心は旺盛だ。
 花火は夏の風物詩だが、武藤さんは空気が澄む秋や冬の花火は一段と美しく、音もりりしいという。寒さが難敵だが「一見と一聞をお勧めします」。
 冬の花火はテーマパークなどの年越し行事が定着している。今年はミレニアムを祝う花火が各地で盛大に上がるに違いない。千年に一度の祝いだ。“騒音”も大目に見てくれるさ。
(産経新聞編集委員)
COLUMN 

万華鏡
  
 夏が終わった。3,000余の花火大会が催され、全てが無事故で終了すれば万々歳であるが、そうは問屋が卸さない。残念ながらミステークが生ずる。今年の望ましからざる傾向は、観客席に被害を及ぼすことが多かったことである。いろいろ原因はあろうが@小寸物に過早発が多かったA打揚げの高度が低いB抜け星(不着火星)が目立つ、などの傾向が見られたとの批判をきく。
 小寸物となると、毎年増加している中国からの輸入玉が気にかかる。日本の業者が“責任”を持って取扱って輸入した玉ばかりでなく、責任不在のものも加わってきたといわれるだけに、無為で放任していてもよいのかと考えざるを得ない。
 過早発の原因は@親導(導火線)が欠陥A親導と玉皮との付け方が不完全B星が摩擦に弱い配合、などが考えられる。
 低空開発の原因は@打揚火薬が少ないA打揚火薬の威力効果が減退しているB打揚玉の外径が小さい(筒とのスキ間が多い)C親導が短いなど。どこかで節約ないし手抜きが存在しているわけである。打揚火薬を節約する業者もいるが、そのような傾向のない業者の場合だと日本化薬製の黒色小粒薬に異変があるか、輸入の玉が寸足らずということも考えられる。
 抜け星の原因は@星の仕上げ(点火薬)の不具合A破弾薬の強過ぎB星の乾燥不足など、何らかの欠陥があるに違いない。
 生産地の気候状況が案外考慮されていない。かつて台湾中部の海岸近くの工場では、極めて高温高湿で雨でなくとも、毎朝夜露がたれた経験がある。“乾燥”に神経を使わねばならない立地。逆に一晩風乾すれば乾燥OKという土地もある。花火生産地にも適・不適があることを忘れてはならない。
 中国産のがん具花火が、世界制覇する程たくさん生産されているが、品質管理に欠陥ありといわれている。打揚げは多少気をつけて作られていようが、この欠点はぬぐえない。打揚げにも、特に小寸物の中国産品が増えつつある今日、この品質を均一化するためには、検査制度をしく以外道はないようだ。打湯煙火の製造工程の基準を検討し、安全基準を定め検査する。少くとも親導の性能・長さ・着火装置・玉皮との接着法・玉の仕上寸法・星の性能(摩擦で発火しないもの)などをチェックする。例えば玉の寸法についても、3号玉なら8.7±2mmと定め、メーカーは必ず8.5と8.9の2種のゲージを作り、検査することを義務づける。ふた昔前日本からドイツに打揚玉を輸出する時に、必ず実行した方法である。
 幸いにして煙火協会には、がん具煙火検査所があり、いろいろ検査器を持っている。レントゲンもある。容易に活用できるに違いない。どこで誰が試料を抽出するかなどいろいろ面倒な問題があるに違いない。また輸入品だけ検査して、国内産品はフリーパスということは許されまい。国内メーカーも何らかの方法で受検することになろう。自分で作り自分で消費する者は免除という便法もあろうし、書類審査・見本提出審査など簡素化の方法も考えられよう。多少の面倒は我慢しても、打揚げられる花火全体の安全性を確保する万全の途を採用しなければなるまい。中国からの大攻勢に対応して、早急に決断しなければなるまい。多くの方々からのお叱りを覚悟しながら、あえて提案する次第である 武藤輝彦
(武藤輝彦)
編集後記・FROM EDITORS

★20世紀最後の発信です。ここ半世紀=終戦後のベスト5を募集することになりました。たまたま清水博士から「銘花」という随筆を寄せていただきました。これが一例。広く読者の方からの応募をお待ちします。
★世紀末の回顧になったのか、当号は昔のことばかりになりました。串花火(段物)のことを小坂井の原田さんにうかがいました。先輩達のファイトは想像に絶するものがあったことが偲ばれます。
★お蔭をもちまして、次号から発刊6年目に入ります。地方移権の発足、検査機関の民間化など新しい取締がスムーズに行くかどうかを見守る役もありますし、今号のように昔からの伝統を記録して行くことも必要です。
★今までは1人でも多くの方に読んでいただくことを第1に考え、講読科をいただくことを次にしていました。予算化されたお役所はともかく、なるべくご協賛をいただきたいと考えております。主催者も花火業者からはお得意様ですが、小紙にとっては読者です。80円切手20枚という便法もあります。どうぞよろしく−と申しあげます。
T.M生
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