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発行   サークル花火万華鏡
編集同人 川上信定 武藤輝彦      
     矢野誠一 奥村 純   
     小野里公成
発行所  〒201-0003 東京都狛江市
     和泉本町2-34-4 武藤輝彦内
定価   年4回発行
     1500円(送料共)
郵便振替 00130-9-663056

花火万華鏡第21号(2001/4/10発行)より
一部の記事をご覧になれます。

バックナンバーを読む
●FRONT PAGE
 花火の正しい見方 -小嵐大八郎一
●連載
 花火いのち(21)新しい花 -川上信定
 割物について(2) -清水武夫
 花火大会よもやま話(21)やつしろ全国花火競技大会 -奥村 純
●特別募集企画 20世紀の後半花火ベスト5
 読者の推薦による傑作花火ベスト5 掲載第2回
●NEWS TOPICS
 
海外便り−アメリカより
 大曲新作コレクション成績
 火薬庫なくても販売可=神奈川の新規運用
 江西省で児童38人死亡
 新製品マカロニ型の割火薬
●寄稿

 明治24年の片貝の三尺玉について -長岡市 長谷川健一
 花火夢想 -三谷秀一
●研究

 回転花火物語 -武藤輝彦
 長野えびす講の2尺玉打揚げと筒
●COLUMN
 
 江戸自慢評判記に玉屋が登場
 詩集「光そして崖」 谷敬
 質問箱
 若い花火師の夢 -小泉欽一
 万華鏡
●サークル紹介

 犀川神社杜煙火保存会 -総務 竹内武雄
●編集後記

FPONT PAGE

花火の正しい見方 -小嵐大八郎一

 東北のはずれの草深いところで生まれ、育った。男の業というか、人類の嬉しい性というか、幼い頃から女の人に憧れ、五歳の時には七人ぐらいに言い寄っていた。どうしても、うん、といってくれない近所のお姉さんがいた。斜め前の小路を入って三軒目の、傾きかかった家の、もう小学校に入っているお姉さんだった。きつい目をして、わらすかか「童のくせして、あんだの母に言いつけるども」といつも拍むのである。でも、遊んでくれた。遊びといっても、地べたに平仮名を書いてなぞらせ、要するに勉強ごっこである。こちらは頬ずりをしたいとかが願いであり、いつも互いの思いがすれ違っていた。夏の夜、クロ松の門の入口で、夢を追うようにふらふら歩いたり跳ねたりしているお姉さんを見かけた。鐙を追いかけていたのである。「そんだらものより、もっと、じっぱり、いいものが」と、賢いというより狡いこちらは、家の庭に誘い、線香花火をしゃがむともお姉さんの足許で点した。こういうことの勘は小さい頃から冴えていて、案の定、お姉さんは喜び、短い着物の裾もしどけなく、腿と腿の間を拡げてくれたのである。戦後直後で、しかも、冬は裸で寝る習わしのあるところ、貧しさもあったろう、余計な布地を挟んではいなかった。赤い線香花火にも白い狭間だったなあ。
 不純も極まってそれからウン十年、ゆえあって川崎の白宅に帰れず、去年の十一月まで熱海に四年の間、ひっそり住んだ。金がないのに好色精神と見栄だけは一人歩き。当たり前だが、芸者さんとコンパニオンさんホステスさんを部屋に呼ぶ。でも、普通はしぶる。切り札は「花火がある。最後の三分の白さは目の前」となまじ嘘でもないことを告げると、打率三割と去年までの阪神タイガースの新庄よりは増しになるのである。めったに会えなくなった本命のかみさん殿は、十割きてくれる。熱海はしょっ中、花火をやっているのも心強かった。
 というような悲しくも思える自慢話をおととしの熱海の冬の花火の最中に、新潮社のUさんに語ったら、「その法螺を江戸時代にして、書き下ろしを」と相なった。だったら、一代でそれこそ花火みたいに消えたらしい玉屋をとなり、設定は、玉屋が天明の浅間山の闇に諦いて咲く大爆発を幼小時に見て花火師を志す、“残る”浮世絵や草双紙ではなく“消える”美学を、いいぐあいに玉屋の資料は少なく嘘をつき易い、てなことで、荒川の花火、長岡の花火と見にいき、先代の鍵屋さんに話を伺い、この『万華鏡』の武藤輝彦さんに教示を受け、岡崎の花火工場を取材しと過ごしてきた。花火関係の資料をあたり、共通していることは、文化五年(1808)鍵屋から独立し、天保十三年(1843)火事を出して江戸からところ払い、潰えたということだ。はじめての江戸時代小説への挑戦なので、新潮社のUさんはG大学の博士課程で学ぶKさんをアドバイザーにつけてくれた。で、玉屋は一代で終わったからこそロマンがあると信じて四百枚まできたら、「えっ?玉屋は安永頃に既に立派に独立し、繁盛していますよ。これが証拠」とKさんがいいだした。確かに送ってくれた伊庭可笑作黄表紙『抑化狐遭人(さてもばけたりきつねのつうじん)』の挿し絵には、「玉屋」の暖簾が描かれていて、この出版は安永九年(1780)。挿し絵の浮世絵は、かの鳥居清長が描いていて、店先の道行く人人の前で職人が花火を誇らしげに作っている。あ一あ、どしたらよかんべえ、根っから話さ変えるしかなくなっちまったわけです。この二ヵ月、千枚になる予定の書き下ろしは一枚も進んでいない。やはり、花火は話の素材にするべきではなく、妻とのみ、ただひたすら吐息をつきながら見つめるだけが正しいようで…・。(作家・歌人)
連載・SERIES

花火いのち(21)新しい花 川上信定
 
 十年ほど前、煙火業界の友人に「オレ、最近、菊より牡丹のほうが好きになりつつあるんだ」と話したことがある。花火師が精魂こめた菊の色移りの妙や超絶の技術の粋を愛でる心に変わりはないが、よく出来た牡丹のスカッとした消え口や深い色合いのほうが何となく「もののあわれ」の本質に迫っているのではないかと思いはじめたのだ。
 この変化は現実の植物観賞・絵画鑑賞にもあらわれた。花火とは正反対にボタン、シャクヤク、バラといった艶やかな華を見るのが厭になり、集合桜がわずらわしくなった。
 そのかわりに、ニガナやミミナグサ、キンポウゲ、キジムシロなどの雑草や野の花、それに茶花の類の美しさが心にしみはじめた。桜は一本桜に限ると思うようになった。
 また、どんなに優れたものであっても洋画を進んで見たいとは思わなくなった。美術館や展覧会は日本画に限るようになった。話は少々横道に入り込むが、いま私が最も気になる画家は西郷孤月。長野の人。橋本雅邦門下で、横山大観、河合玉堂、下村観山と共に四天王といわれたが、あることで雅邦の怒りを買い、画壇から抹殺された。その後、放浪の中で描き続け、四十で死んだ。残った作品は少ない。その少ない作品にごくたまに巡り会う。先月(二月)、山種美術館で彼の「台湾風景」を見た。大観、玉堂、観山の遠く及ばない絶品であった。
 いま私はある雑誌に求められて、「癒し系雑誌の研究」なる原稿を書いている。不況やリストラで中高年の興味と関心は否応なく身近な事象に向かうようになった。散歩、下町歩き、樹木・草木ウォッチング、日帰り温泉、気軽な居酒屋、タウンウォーク……などなどである。大げさにいえば、豪華な金ピカ賂線から日常性重視型へとライフスタイルの革命が進行中なのだ。それらを扱う雑誌を誰いうともなく「癒し系」と呼ぶのだ、
 そうした中で、浮ついたガーデニングなどではなく、野の花や草・樹木鑑賞などのめレベルが着実に上がってきている。先週の日曜日・神代植物園に山かけたが、メモをとっている人が多くなっているのには驚いた。入り口の直売コーナーでは、これまであまり売れなかった珍種の山野草が一番の売れ筋商品になっていた。
 円を壊せ、形を出せ、という主張の一方で、花火の主役は依然として花であり続けている。火で描く花。空に浮かぶ花。サクラ、カスミ草。アジサイ、ヒマワリなどの表現技術は年々上がってきており、新たな色彩も出現したが、花火で表現するにふきわしい花はまだまだたくさんある。大部分が菊や牡丹という今の潮流は「去年と同じだ」と飽きられてしまう危険性を秘めている。一気に変革とはいくまいが、今年はA、Bという新種の花、来年はC、Dという新種という具合に花の種類を少しずつふやすわけにはいかないだろうか。「未来花」や「四季の花」といった暖味な花ではなく、本物の花の表現を夜空に見たいのだ。
 
サークル同人・新刊「花火大会に行こう」著者
花火愛好家奥村 純の
「花火大会よもやま話」(21)やつしろ全国花火競技大会
 
 平成12年10月、やつしろ全国花火競技大会を見学した翌朝、宿泊先のホテルをチェックアウトし、JR八代駅へ向かうべくタクシーへ乗った。すると運転芋が開ロー番、「お客さん、咋夜の花火、ご覧になりましたか。素晴らしかったでしょう。この花火を見たら、もう他の花火大会なんか見れませんよ。」と言うではないか。全国の花火大会を見学していると、どこでもタクシー運転手は交通規正のため仕事にならず、花火大会を目の敵にしているのである。それだけに、「我が子が誉められたようでうれしい。」という言葉通りで、前夜の素暗らしい花火と相侯って、非滞に充実した気分で帰京したのであった。
 当競技大会は、全国の部と九州の部に別れ、全国の部は本州の優秀な花火会祉21社で、業者は一定している。九州の部は年によって、入れ換っているが平成12年で10社が参加している。競技の合間に、余興花火としてスターマイン、さらに15号も打ち上げられている。筆者は平成8年の第9回大会以来当大会を見学して来た。
 
1.九州の花火
 
 筆者は平成8年以前に、九州地方の花火大会を見学した事がなかった。テレビで放映された、稲妻型に並べられた花火筒への、銀滝からの落とし火による早打ちやスターマインと、本州では見られない光景が記億に残っているのみであった。平成8年当人会の打ち上げ現場にて花火のセットを見て、本州のそれと比べて諸々が違うのでびっくりしたのである。特に、花火関係の本に全く出ていない、3.5号という本州では見られない玉が使用されているのも不思議であった。
 さらに、夜になり実際に大会が始まると、本州の花火との差異がさらに顕著であった。スターマインではザラ星に大量の雷粒を入れ喧しい程、雷昔を常時発していた。玉の開発高度が低い上に、割り物は割が強く、星が速い速度で飛んでいた。色について、いくつかの会社は本州並みだったが、多くの会社は明るさも鮮やかさも不足していた。九州と本州、町の中の風景、人々の服装等々全く変わらないのに、花火だけがこのように差があるのは不思議でならなかった。
 それらも最近は、変化が出て来た。特に色については本州に近づいて来たし、独白の色を出す会社まで出て来ている。しかし、平成12年8月に筑後川花火大会を見学した限りに於いて、稲妻型筒並べと落とし火に変化はなかった。 

2.競技花火

 全国の部は10号1発と5号5発、九州の部はスターマイン1台と5号5発である。九州のスターマインの玉数は200発で、平成9年までは5号10発まで入っていたが、その後は4号50発、3.5号60発、3号60発、2.5号30発と発数が決められている。

1/10号1発
 

 2週間前に土浦での競抜大会があったばかりだが、各社共力作を出品していて、見応え十分である。平成12年で四重芯菊こそ1発で土浦に比べて少ないが、八重芯菊、三重芯菊で素晴らしい作品が目白押しで花火ファンにとって応えられない出し物であった。篠原、山内、小幡、磯谷、青木、と文字通り名人芸の凛とした作品が観賞できた。

2/5号5発
 

 全国の部、九州の部共、それぞれ工夫された作品が打ち上げられ、楽しめる内容となっていた。かつては全国と九州とで技術等に差があったが、最近は差が縮まって来ている。平成12年、2週間前の土浦の創造花火で上げられ、話題になったイケブンの「回転リング」が再度見学出来るとは思わなかった。土浦では何だろうと、考えている内に打ち上げが終わってしまっただけに、今回はじっくりと見学出来た。柿園花火の、シャネルのマークを芯で出した、芯入り彩色千輸菊、良く考えた作品だったし、唐津煙火の「時計草」、大きく開き良かった。しかし、何と言っても、紅屋青木煙火店の八重芯菊は絶品だった。大曲、土浦共、競技花火に5号割物の部がないだけに、印象的だった。

3/スターマイン
 

 平成8年に見学した時は、いくつかの会社を除いて、前記した通り、ザラ星に雷粒を大量に入れ、低い高度で割の強い花火を連続して上げていた。それも花火の種類、色等を考えているとは思えないようなのが打ち上げられていて、びっくりしたのであった。そして、各社共、電気点火だが、タイミングも、もうちょっと考えたらと思うような会社が多かった。なお、最近は各社共、花火の種類等に工夫を凝らし、各種花火をタイミング良く上げるようになり、見応え十分である。平成12年にはコンピュータを使用する会社まで出て来ている。しかし、花火会社間にまだ技術力に差があるのが、実態である。

3.審査結果

 どこの競技大会でも、いつも間題になるのは、審査結果である。毎度、不適切な審査結果が多く、実力のある花火家にとって、遺り切れなさが残っている。確かに花火を殆ど見学した事がない、肩書きだけの審査員が採点しているのだから、当然の結果かも知れない。いつも思うのだが、観客の反応が良い花火はだいたい良い花火なのに、審査員の皆様はどうして観害と違う考えをお持ちなのだろうか。
 なお、平成12年は、大曲、土浦、やつしろと、1位は妥当だったと、筆者は考えている。しかし、各地共2位以下は、何を考えているのかわからないのが多かった。
 当大会に参加されている花火家の皆様は、自社の花火の出来がどうだったのか、他社の花火はどうだったのか、違いの分かる方々ばかりである。
 そして、表彰式会場にて、今回は出来が悪くて隅の方でしょんぽりしている花火家の所に、上位入賞のアナウンスが流れ、文字通り「鳩が豆鉄砲を食らったよう」な顔をして、恐縮して賞状を受けているのが実状である。しかし、回りの花火家達は「まあいいじゃないか、がんばれよ。」と暖かい拍手を送り、微笑ましい光景を醸し出しているが、筆者のような花火ファンは首を傾けているのである。
花火以外の諸々のコンクールでも、同じような話を聞く。そして、政治家の介入で無理矢理、1位が決まったという話を聞くにつけ、花火に於いては、そのような話が出て来ていないだけ救いがある。
 花火家は真剣に競技を行っているのであるから、さらなる公平な審査をお願いしたい。

4.余興花火
  
 平成11年以降、当大会の進行は大体、競技10社、1回目余興花火、15号1発、競技11社、2回目余興花火、15号1発、競技10社、3回目余興花火、15号1発、という順序である。
 1回目の余興花火は地元会社による、1ケ所からのスターマイン。2回目のそれは、世界の花火。3回目のそれは、地元会社による、7号まで入った3ケ所からのスターマインを実施していた。平成8年と平成12年を比べて、とにかく全ての面に於いて、格段の向上が計られていた。花火の種類、色、タイミング等々である。平成12年の3ケ所からのワイドスターマインは、3分間にわたって段打や一斉打ち、各種花火を工夫して上げており、良い出し物だつた。
 世界の花火として、平成9年、11年、12年に、スペイン、ドイツ、イタリアを、平成10年が、中国の花火を上げていた。筆者が見学して来た限りに於いて、世界の花火で多数の観客から喚声が上がるのは、スペインの噴き出した火が上下する人工衛星ぐらいだろう。マンネリ化しているのである。
 提案であるが、前年の10号で1位だった会社のスターマインを打ち上げたらどうだろうか。当然それなりの金額を支払わなければならない、夏の忙しいシーズンを終えているので、出張して打ち上げられると思うのだが。是非、実現してもらいたい。

5.15号玉
 
 毎回、15号玉を平成10年までは2発ずつ、平成11年からは3発ずつ上げている。それも、紅屋青木煙火店製という事で、全国から参集している花火家、花火ファンにとって、注目の出し物である事は言うまでもない。毎年、玉の種類を色々と変えており、本年は何が出品されるのだろうかと期待を抱かせる花火である。もう繰り返すまでもないが、紅屋青木煙火店製で、現在日本で考えられる最高品質の15号玉が、毎回八代の空に正確に高く昇り、豪華な花火を咲かせているのである。
 平成12年、2発目に上がった、「昇り付彩色百花園」は、黄クロセット千輸菊芯彩色千輸菊で、クロセット千輪が正確に円形に開き、続いて彩色小花も精緻に円形に飛び、極彩色の小さな花々がまんべんなく夜空を埋め尽くしたのであった。まさに、芯入り彩色千輪菊の極地であった。

6.プログラム

 当大会のプログラムは、A4版8頁カラー印刷で、出品会社名、玉名が出ており花火ファンにとって貴重な資料である。一般の観客にとっても花火の解説、会場案内、鉄道の時刻表等載せてあり、良く出来たプログラムである。そして、1部100円で大会本部、観光案内所等で販売しているが、これが重要で良い事なのである。
 話は飛ぶが、土浦の大会では当大会より立派なカラー印刷、A4版12頁の小冊子プログラムを無料で、土浦駅は元より、会場出入口等で、係員が観害にそれこそ湯水の如く配っている。その結果、シート代わりに使用する人が多数出て来ているのである。帰る時会場に散らばったゴミを見ていると、その四分の一以上は、この立派なプログラムの成れの果てなのである。花火ファンとして泣けてくるし、それ以上に各地の花火大会でゴミが間題になっている中で、主催者が敢えてその発生源を提供する事はないのである。主催者は金の計算が大変だろうが、土浦の大会でのプログラムの有料化を強く希望したい。さて、八代の当大会では観客のマナーが良い事もあり、散らかっているゴミも少ないし、ゴミの中にプログラムが全く含まれていないのは当然である。
 大曲の大会もそうだがプログラムが有料の大会では、ゴミにプログラムが入る事はない。当人会でも主催者の皆様の苦労はわかるが、今後も有料で、この良く出来たプログラムの発行を続けてもらいたい。

7.まとめ
   
 10月の第3週という、熱くも寒くもなく、天候も安定し、秋祭りで忙しい花火会社もあるだろうが、夏のシーズンを終えた、ベストの開催時期である。
 全国の優秀な21社による、10号1発と5号5発。九州の10社による、200発のスターマインと5号5発の競技大会で、各社共高品質な作品を出展し、さらに、余興花火のスターマイン、15号玉と、見どころが多い、素暗らしい大会となっており、花火家、花火ファンにとって必見の大会である。
 平成12年の大会では、九州の各県から団体旅行のバスが集結している事からも、九州を代表する花火大会と言えよう。
 平成8年筆者が最初に見学した時、九州の花火は本州の花火と比べて、すべての面に於いて、ずばり言って大きな差があった。しかし、平成12年になると、その差がかなり縮っていた。特に色については、独白の色を出す会大も出ており、今後に期待したい。
 当大会のプログラムには確かにオープニング18時30分と出ていて、主催者挨拶となっている。そして、実際の花火の打ち上げは、10分以上経過してからである。18時30分は既に真っ暗であり、観害も多数になった現在、大会を正確に進行させる必要があると思うので、主催者等の挨拶は、18時30分前に行い、18時30分には実際に打ち上げを開始したらどうだろうか。
 そして、競技が終了し、まだ最後のワイドスターマインと15号玉という当大会屈指の出し物が控えているのに、あたかも花火大会が終了したかのように、お礼の言葉を放送している。確かにプログラムを見れば分かるが、観客を惑わすばかりでなく、それらを担当している花火家に対して大変失礼であり、全ての花火が終了してから、お礼の言葉を放送すべきである。  
 また、競技花火の番号をアナウンスする男性の声、誠に申し訳ないが、なんとか止めてもらえないだろうか。これから真剣勝負の花火が上がるぞという、気勢がそがれてしまうのである。大曲に習っているのかも知れないが、玉名をアナウンスしている女性の声で十分であると考える。最後に、当大会の会場を設営し、当大会をここまで立派に育てた地元の、(有)津山花火商会、並びに主催者である八代市等の皆様、さらに遠路、参加されている花火家の皆様にも、厚くお礼申し上げたい。今後も当大会が、益々盛大で索暗らしい大会になる事を期待したい。
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特別募集企画 20世紀の後半花火ベスト5-第2回

21世紀を迎えるにあたり、20世紀後半、ここ50年間の傑作ベスト5を各氏に選んでいただいた。自分で見た花火を主として作品でも、作者でも結構、というテーマです。今回は第2回目。
 穴原史朗 足利(52才)
1.かわさきまつり花火大会(岩手県、川崎村)
  
◇「ちゃっこい村のでっかい花火大会」20号まで有り。
2.土浦全国花火競技大会(茨城県土浦市)
  ◇競技大会(スターマイン)では小さな玉(4号)での演出は群を抜いている。出品業者の意気込みがそうさせるのか。
3.わたらせサマーフェスティバル足利花火大会(栃木足利市)
  ◇打上げ場所が変り大玉が入り内容が充実して見応えも出来た。咋年は、一応四重芯まで上がった(地元という事で)。
4.玉村町ふるさとまつりたまむら花火大会(群馬県玉村町)
  ◇町外れの農道での開催で地元、小幡花火店が行い、他に類を見ない金、銀冠(各一組)の十号玉入の10ケ所からの一斉打ち上げは近くにいると頭上におおいかぶさる程。この迫力を是非。
5.片貝まつり花火夫会(新潟小千谷市片貝)
  ◇大玉の新潟を代表する所。初の四尺玉(S.59年)打ち上げを見た時の感動は今でも脳裏に焼き付いています。
補 長野冬季五輪閉会式花火(長野県長野市)
 ◇花火の素晴らしさを再認識した場所。8分30秒の間ただ感動の一言(本当の一夜の夢)。
以上順位は付けませんが、ファインダーを通して感じ取った所をあげてみました。まだ他に素暗らしい所が有ると思いますが自分の近くから選んでみました。
    
 長谷川健一 長岡(55才)
伝統花火について
 見方を変えて伝統的な民俗色豊かな、かつユニークな花火を推薦したい。これらは全国に奉納花火の形で行われることが多い。規模は小さいながら、全国の著名な花火大会がスポンサーの寄付による商業的な色合いが強いのに比べ、このような花火は素朴といおうか独特で見応えのある花火が多い。
●「片貝の花火」新潟小千谷市庁貝町浅原神社
 ◇明治24年の三尺玉打ち揚げおよび今では四尺玉まで知られる片貝だが、形態は昔ながらの伝統そのままである。町の人々が白分たちで出費し神社に奉納することで安寧を願うのである。また、筒引きという行事もある。
●「篠田の大仕掛け花火」滋賀県近江八幡市上田町篠田神社
 ◇硫黄を主体とする和火の青紫色の絵柄が闇に浮かぶすばらしさ。
吉田町の龍勢埼玉県秩父郡吉田町椋神社
 ◇各地で行われる龍勢のうち私が見たのはここだけだが、残念ながら櫓の上で爆発する龍勢もまた迫力がある。
●「手力雄神社の火祭り」岐阜市蔵前手力雄神社
 ◇長い竿の上から滝花火が火の粉を降らせその下で若者たちが禊ぎをする。仕掛け御輿、舞火、立火、綱火それに爆竹で構成される。
●「和納の草花火」新潟県西蒲原郡岩室村和納八幡神社
 ◇新潟県では唯一の手筒花火が奉納される。草花火というのは他でもあるのだろうか。かね、太鼓、笛の伴奏付きの点に特徴がある。
    
 長谷川康一 新潟(28才)
楽しみながら(悩みながら?!)、独断と偏見で選びましたが、観客の反応の大きさも考慮しています。そのため、今では全国どこの花火大会でも見ることができるオーソドックスな作品も入っています。なお、ベスト5は順不同です。
●三重芯菊
 ◇青木昭夫、篠原茂男、野村陽一、山内宏4氏の作品は特に素晴らしいです。完成度では、四重芯はまだ及ばないと思うので、あえて三重芯を選びました。
●『たんぽぽ』篠原茂男
 ◇創造(型物)花火の中で、一番素暗らしい作品と思っています。また、この作者の作品「ひまわり」や「マーガレット」もこの分野では抜きん出た可憐さを持っていると思います。
●『水色牡丹』イケブン
 ◇パステルカラーのパイオニア的なイケブンの水色牡丹。始めて観たときは、鮮烈な発色に感動しました。私が始めて観覧したのは、1995年の土浦競技で、レモン色との組み合わせもマッチしています。
●花雷干輪
 ◇耳をつんざく轟音と畳間のように明るくなる閃光。特に長岡まつりのオール花雷千輪のスターマインは音も光も凄い。観客の反応も抜群です。
●錦冠菊
 ◇チタン合金を使った黄金色(錦色)の冠菊。特にすべてが錦冠のスターマインや大玉(20・30号)は圧倒的な絢欄豪華さに見とれます。
   
補 「曲導付八重芯変化菊」山内宏
 ◇1996年8月3日の長岡まつりでの尺玉鑑賞タイムにて打ち上げ。精級極めた完成度の高さ。あまりの感動のこの1発に魂を抜かれてしまいました。これ以降、私にとってこれほどの出来の八重芯物は数少ないです。
   
 小野里公成 花火写真家 埼玉県
●八重芯変化菊 三重芯変化菊 青木多門氏、青木昭夫氏
 ◇花火の世界で前人未踏のある「到達点」を極めた。八重芯菊の絶妙なバランスを極めながらも未だに進化し続ける割物の可能性を無限に高めた功績。
四重芯変化菊 小幡清英氏
 ◇四重芯に先鞭を付け、その後多くの花火家たちの研鑽と追求、なにより挑戦の起爆剤となったその凄絶で渾身の技と研鑽に。小幡氏を含めそれ以降の各人の努力と工夫が、究極の瞬間芸術を「誰の目にもそれとわかる芸術」へ昇華させつつある機運そのことへ。
●椰子 青木多門氏
 ◇太く、ゆっくりと拡がる椰子の木と葉を見事に空間に現出させたアイデアと技能に。大きな星を使いながらも貿易風にそよぐ椰子の葉をおおらかに見せて絶品。
●小割松島、小割田毎の月 小泉清吉氏
 ◇夜空にしばし漂う、吊り星の風雅な佇まいを、日本的な風景になぞらえた妙。千輪物に、吊り星と意外性の2段重ねが今なお新しく、飽きさせない。その先駆に。
●万華鏡、雪の結晶 磯谷尚孝氏
 ◇いわゆる万華鏡型の割物を万華鏡という絶対の呼び名で定着させた。
●大会提供ワイドスターマイン 考案の佐藤紘二氏  花火担当の大曲花火業者
 ◇テーマを設定された一連の花火打ち上げが、ストーリーとひとつの世界を創り出すことを具現化したその佐藤氏の理念に。多くの花火と打ち上げ技術を駆使して、その独自の打ち上げ空間の創出に応えた担当の大曲花火業者の技能と理解に。
●メロディスターマイン 磯谷尚孝氏
 ◇大会提供ワイドスターマインを独自に改良発展させ、外国製のコンピュータ点火器がポピュラーとなる以前より、音楽と花火の完全な融合と競演を目指したエンターテイメントを生み出した。楽曲と一体となった欧米型の演出をオリジナルな形で構築したそのセンスと技能に。
パステルカラーの先駆 株式会社イケブン
 ◇世紀末の数年間を圧倒的に風靡した中間色、パステルトーンをいち早く実用化させ、使いこなしている技能に。安定した水色、レモン色の発色は、フォロワーとなる多くの業者に影響した。
以上順不同 賛美と敬意を込めて。

NEWS TOPICS

江西省で児童38人死亡
 
 中国江西省で3月6日児章38人教師4人が死亡する爆発事故が起こった。芳林村という処の小学校で、爆竹製造をしていてのこと。学校の経費を補充捻出するために児童に内職をさせる事例が中国には多々あるという。児童に手間賃を与える訳でなく、利益は学校の経費にあてられる他、地元の役人の懐に入る赤包になるという。政府の発表では、村に住む精神異常の男性が爆発物を教零に持ち込んで爆発させたというもので、遺族の話と食い違うという。(NEWSWEEK01.3.21号より)
COLUMN 

若い花火師の夢 小泉欽一  新潟

 幼少のころから、「自分は、大きくなったら花火屋さんになるんだ」とそう思っていました。今思えば、実に単純だったのです。なぜなら、小・中学校はもちろんのこと、高校までも近くの学校へ行くものだとおもっていたのです。ですから、高校を卒業した後もこの仕事につくものだと思い込んでいたのです。しかし、中学の進路指導とともにその考えが違う事に気が付かされて、高校は自転車で40〜50分もかかる遠い所へ行っていました。その高校でアマチュア・レスリングを始めて、なんと大学にまで行ってしまったのです。そんな風に、考えもしなかった道を歩んでいたのですが、仕事に対しての考えだけは変わらずにいて、家業を継いだのです。
 「世界に誇れる日本の花火」この世界に身を投じた以上、私の夢も大きく『日本一の花火職人になる事』これの他にありません。その夢のために日々精進しているのですが、夢と現実はなかなか合致するものではなく(あたりまえの話ですが…)、だからこそ日々努力を重ね精進していくものだと考えております。今はただ、夢という目標に向かって一直線に走るだけですが、この気持ちを忘れずに全国の花火職人の皆様方においていかれぬよう、また追い越せるように一生涯努力しつづけていきたいと思っています。新潟煙火工業(株)
万華鏡
  
 いよいよ煙火の行政が都道府県に移った。戦前は警察だった。お巡りさんが時々工場に来たものだった。今度は消防さんとご縁が深くなるところが多くなるという。従来は産業としての面から見ていたのだが消防という観点から管理される…ということになるのだろうか。
 今迄も各都道府県の担当課の名称に「消防防災課」という名が少なくなかった。数えてみたら31県。兵庫と鳥取に至ってはズバリ「消防課」である。宮城、山形、福島、群馬、新潟、山梨、静岡、石川、岐阜、三重、福井、滋賀、京都、兵庫、奈良、和歌山、鳥取、島根、岡山、広島、山口、徳島、香川、愛媛、佐賀、長崎、熊本、大分、宮崎、庇児島、沖縄。
 通産行政の臭いの強い商工労働部などの配下の「産業保安」とか「工業技術」を呼称しているのは次の11県。北海遺、青森、岩手、秋田、茨城、栃木、千葉、長野、愛知、高知、福岡、それに多少ニュアンスの違う環境保全とか生活保安を旗印にしている都府県が5つある。
 東京、大阪、埼玉、神奈川、冨山。なにはともあれ今後は地方の方針で運営されるのだから通産の威令は薄くなるのは必然であろう。しかし消防の見地から万事が取り決められることが良いか悪いか。中央の消防官庁からの指導が加えられるとすると、いろいろと考えざるを得ない。
 従来の経験からいうと消防の施策は「先取り主義」であった。危険なおそれがあるから改める…予防ということで改善を求める。その為に従来の規正に沿ったものが否定される。東京で国際劇場や日本劇場などが廃業改築されたのは消防法の改正が原因であった。
 私は火薬類の法改正は先取りでなく後追いと考えている。事故があって不都合な点が出たので改めて行く…ものであった。事故多発で火取法の大改正をした昭和35年以外では既存の施設などが拒否された例はなかったと思っている。
 消防法改正について全火薬業界が一丸となって改善を求めた今から12年前のことを思い出すのは私一人ではあるまい。それは当事者との話し合いもなく、決められた法改正であったための混乱であった。あの折は火取法との二重規正であることで否定できたのであった。過剰な“予防”は生活を脅かすことがあることを忘れてはならない。
 いずれにせよ従来と一味違った行政がそれぞれの事情に沿って行われる訳で、右にあって左にないことも出て来ることであろう。こちらから「働きかけること」を忘れてはいけないようだ。
(武藤輝彦)
編集後記・FROM EDITORS

★21号を送る。1年4号5年を終えて、6年目に入る訳である。インターネットの世の中に、印刷による小冊子が如何なる価値をもつのか判らない。同人小野里公成氏のインターネット「日本の花火」は咋年1年間で39万4千の交信があったという。夏の3ヶ月で30万余。インターネットの世界でも、秀れた編集として定評があるといわれているが、花火についての関心を持つ人が40万人はいることになる。小誌は毎号1,000部印刷して900部程発送している。タダではない。90円の切手を貼ってである。送られた900のすべてが読者の目にふれ、更に回覧され、ファイルされているか?全く判らない。封筒から出ることもなくクズ箱に入れられるものもあるに違いない。測ることが出来ないので誠にさびしい。各地の様子、特に行政の指導の方向を知り、知らせるために、関係者から資料を送っていただくことをお願いしたい。業者の方々からも是非コピーを項戴したい。県によってマチマチになる。A県で通用して隣のB県で許されないということも考えられる。その情報を知ることも大切である。ご協力をお願いしたい。今号から、編集を若い松田尚大氏に依頼することになった。取りあえず、小手しらべ。次号からは更に斬新なものになる予定である。乞うご期待!
T.M生
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