花火野郎の観覧日記2006
其の13 9/9
片貝まつり浅原神社秋期大祭奉納花火
新潟県・小千谷市片貝町
それにしても暑かった。と月並みであるがこの書き出ししかない。ひどい暑さだったと。
今年は車で前日の夕刻入りとしたが、その頃町内では既に屋台の運行が始まっており、通りたい最短の道も誘導係によってあちこちの枝道に右左折させられてしまった。それで狭い道をぐるぐる走り回ることになった。片貝町は何度も訪れて自分の足で各所を歩き回っていたから良かったが、さもなくば路地裏で行き先も方向もわからず迷子になってしまっただろう。
翌9月9日。片貝まつり初日のこの日、新潟県内では正午すぎに上越市高田で36度を記録。県内各地で真夏日になったらしい。新潟地方気象台は、午後0時20分時点の各地の最高気温として、長岡市34.8度、魚沼市小出と胎内市中条で34.5度、新潟市32.6度と発表している。小千谷市片貝町でも34.6度という情報もある。
「これはフェーン現象ですよ。」と花火師さんのひとりが教えてくれたが、小中学校の頃に習い良く耳にする気象用語。そのただ中にあって身をもって現象を実感するのだった。過去にも快晴で暑いなと思った年もあったが、おそらく私が最初に片貝まつりに来て以来、経験した中では最高の猛暑であるに違いない。9月に入ってこれほど暑いとは思ってもみなかった。この暑さで自分の体力を鑑みた観覧計画は結果として変更を余儀なくされた。
早朝から片貝に居たわけだが、その頃は雲が空を覆い、予報も曇りと出ていたので過ごしやすいかなと思っていた。しかし午前8時にもなるとすっかり快晴の空となりそれが目眩がするような猛暑の一日の始まりだった。
そんな時間からロケハンも兼ねて浅原神社に参り、桟敷の様子を見に行く。夜の部までは持て余すほどの長い長い待ち時間。町中を散策し土産でも買おうかという算段(写真右上。片貝パイパス脇のモニュメントのある広場では入れ替わり記念写真撮影の真っ最中。四尺筒の大きさがよくわかる---横から便乗で失礼します。この一団全員で何組というのかわかりませんでした---お知らせいただければここに記載します)。
今年はまずどこから観覧しようかと桟敷近辺を探す。やはり片貝では少しでも桟敷や境内の喧噪が、アナウンスが聞こえる場所で観覧したいと最近は節に思う。それが片貝の花火であり、花火だけを切り離して片貝の花火は語れないし表現しようもないのだ。どちらか一日でも同時に全てを体感しなければやはり片貝まつりに行った気がしない。私は使おうと思えば桟敷内に設けられた報道席から撮影できるのだが、2004年に続きまたまた報道席は桟敷の南の外れ、花火に向かって左端に飛ばされていた。
この位置からだと尺玉までスターマインを含む殆どの奉納花火については問題なく観覧できるので、新聞など翌日の朝刊に間に合わせるために開始から30分から1時間程度撮影して終わりにするような場合ならここでも良い。しかし肝心要の三尺、四尺に至っては境内林によって盆が欠けてしまう位置なのだ。特に四尺玉では(風向きなどにもよるが)左半分がごっそり欠けてしまうのでとても通しでの撮影場所としては使えない。
桟敷や浅原神社境内は自由観覧場所も含めて、最初に来たとき以来くまなくロケハンしてあるからほぼ全てを把握している。報道関係者と思しき三脚が(よせばいいのに)お立ち台の前の待機所の一角に何組か置いてあった。花火が始まってしばらくすると奉納する連がつぎつぎに屋台を曳いてこの場所に“誰もが最高潮のトランス状態”で集合するのだ。お立ち台は彼等にとってこの晩最高の晴れ舞台。とてもじゃないが悠長に三脚など立てていたら喧噪に巻き込まれてしまう。ということを知らないか望んでいる方々なのかなぁと思う。
当然ながら桟敷席には屋根など無いからその中を巡っているだけで焦がされ汗だくである。桟敷席内は好みの撮影場所が見つからず近辺を探す。仲間といつも撮影していた場所も地主による私設の桟敷が鎮座していて今年は使えなかった。さぁどうする?
三脚を持ってめぼしい撮影場所をひと回り、そんないつものロケハン作業も日陰に避難しては休み休み、そんな有様だった。ロケハンの際はここらがいいか、もう少しこっちか?と打ち上げ方向を見ながらの一歩二歩単位の微妙な場所選びをするわけだがじりじり焦がされる炎天下でのこうした作業も緻密にやっていられないほどの暑さ。それで“いまいちだなぁ”と感じながらもとりあえず持ってきた三脚を持ち帰る気にもなれずそこそこの候補地に差して町中の散策に移る。さすがにやばいと直感し、露店を冷やかしたり、土産を物色したりと余計なことは早めに切り上げて戻ろうと思った。いつもの煎餅屋がまだ商品を並べて居なかったのでまた明日にしようと止めたせいで結果として今年は買い損なってしまった。しかしここまでほんの小一時間ほどの間に500ミリペットボトル飲料を次々に買って3本も空にしてしまった。車で泊まりのつもりで来ているから着替えなどはたくさん用意している。それでいったん着替えて休憩。
午過ぎまでは木陰を渡る風が心地よかったが、それも止まってしまうと意識がぐんなりしてしまう暑さだった。しかしこの同じ暑さの中で、作業着に身を包み、ヘルメット着用で現場作業を続ける花火職人さん達はさすがであると実感した。
こいつはマジヤバく消耗していると感じたのは午後2時も過ぎた頃。お世話になっている煙火店さんの事務所でしばらく横になって昼寝させて貰ったがあまり回復せず、午前中の消耗がじわじわ効いてきていた。それから午後4時ころ桟敷近くの観覧予定場所に機材を運んで本番に備えた。しかし日陰に身を移してじっとしていたにも関わらず汗が止まらないほどの暑さに参る。その頃には行き交う観光客も相当な数になっていたが、中には頭からバケツの水でも被ったか?というほどの汗でびしょ濡れの方も多数居り、自分だけがひどく暑さを感じているわけではないと思った。
さて最初に決めた場所にするかどうか迷っていたが、そこから遠くない場所にもう少し良さそうな場所があった。しかしそこは私有地。そこで地元の人にそこの地主さんの家を教えて貰って、入って撮影しても良いか頼みに行くことにした。
そして報道の許可証なども見せてひと通り誠意を持って説明したが、ひと言、「駄目だね」。「あんた方写真を撮るモンが一番始末に負えない」。アポ無しの突然の訪問である。うん、そうだろうな。と私がその土地の持ち主ならそう思うだろう。いや写真屋だけじゃない。私が午前中最初に三脚を置いた場所は農道の端だったが、夕刻に再びやってくると、私有地内の草むらだったところにはそれらを押し倒してシートが敷き詰められ、露地栽培の畑の作物の上にはデッキチェアがいくつも鎮座していた。柵や囲いのない田圃や私有地に平気で観光客が入り込んで観覧場所としていたのだった。
そしてそうした者の姿を見てまた後から新たな観光客が入り込むといった有様で、これでは観光客つまりよそ者が土地の者に嫌われ、疎まれても仕方がない。片貝の祭りは遠くからわざわざ見に来ている客に優しくないと甘えきっているよそ者の観光客が多いが、ゴミの放置などを含めてこれではお客様扱いしてもらえる行為では無いだろう。
その中に三脚を立てる者がいれば、その三脚を見てそこで撮れるのだろう勝手に思いこみまたさらに写真マニアが平気で入り込むのである。そして休耕田ならともかく、作物が植わっている所をまたいで無神経に三脚を立てる。そうすれば本人の立ち位置は確実に作物を踏んでしまうではないか。そういうことを考えない写真マニアが多すぎるので、私もまたその一味と言われても仕方ないことなのだ。一人許せば何人でも入り込む、と地主さんは不快そうだったのをなんとかお願いして許可していただいた。それからは三脚は暗くなりきるまで付近から見えないように寝かしたりしていたが既に立てられてしまっていたものものあり、あまり効果はなかったようだ。
暗くなり撮影準備を進めるが、なんか花火が始まる前に相当消耗していた。日が落ちてから少しはましになったものの温度湿度は相変わらずで、開始前にもう一度乾いた衣類に着替えた。さぁいよいよと三脚の後ろに立ってからも止まらぬ汗を拭いながら開始を待っていた。

9日分の四尺玉の蔵出し(本物です) |

尺玉 |

尺玉 |

尺玉 |

分砲入彩色千輪3発ワイド |

20:00スターマイン |

20:15スターマイン |

20:42スターマイン |

20:45スターマイン |

大柳火S |

大柳火M |

大柳火L |

21:02スターマイン |

尺玉五段打ち |

尺玉 |

尺玉二段打ち |

尺玉 |

20時30分打ち上げ三尺玉 |

21時00分打ち上げ三尺玉 |

21時30分打ち上げ三尺玉 |
辺りはすっかり暗くなり、猛暑を越えてようやくその時がやってくる。
「皆様、たいへん長らくお待たせいたしました、ただ今より………」ウォォォォーッ………歓声と拍手が沸き上がる。
このいつもの声で今年もまた片貝に来られたのだなぁと実感し、一気に片貝まつりモード突入だ。この名調子があるからやはり桟敷近辺で観覧したいと思ってしまうのだ。
気分は祭りモード全開だが、日中の消耗がやはり効いている、時間を追うごとの消耗と花火によるパワー注入の繰り返し。やはり集中力の低下もあり撮り逃しや勘違いも多く発生した。
桟敷から一歩も二歩も引いた位置なのに、尺玉花火は本当に大きく頭上高くに拡がり、星の一粒ずつに手が届きそうである。毎度桟敷近辺で見慣れた光景であるが、昨年は雨模様だったこともあり今宵は本当に星の煌めきも発色も美しい。初めて桟敷や境内で片貝まつりを観た観客は尺寸のその盆の大きさ、頭の真上に覆い被さるかのように開く様、その開発音に仰天するだろう。もちろんセッティングでは頭上で開花させているわけではなく、保安距離もきちんとしている。しかしそこには片貝の桟敷ならではの計算された視覚効果があるということだった。居る場所より高い位置で打ち上がる花火を至近で見上げて観ることで、人は感覚的に「近さ」を感じるのだという。実際は安全のために桟敷から離れる方向に上がるように角度が付いているらしい。それでもこの大迫力。私は桟敷の最後列よりさらに後ろなのに、その位置まで被さってくるように見える。28ミリの広角でも上が入らない玉さえある。
風は北から南に変わり、ちょうど横流れである。花火は実に冴え冴えと咲いていた。背景の空は快晴で澄み渡り適度な風が毎回の煙を綺麗に流していたのである。
おなじみの大柳火は同じ10号でも2〜3のタイプがあるように見えた、親星づくりを模索しているのかな。桟敷に親星が転がるほどの引きを持つのが本来らしいが、今や片貝町民だけが桟敷に居るわけではないし、安全第一の流れからそれが片貝流といってもそうはいかないのだろう。大柳火ショートは燃焼が速いのか引きが一番短めでその分星は一番明るめ。大柳火ロングはこれが一番らしい引きの長さかな、消え口もすっきりしているし。あと中間くらいの長さのがあったように思う。桟敷に触れずちょうど良いくらい長めの引きを持つあたりで調整されると程良いかな。すっと引き火が止まるように一斉に消える味わいがなかなか良い感じであった。好きな玉なので毎回大柳火セッティングのカメラを1台別に用意している。番附に大柳火と書かれている場合は失敗がないが、やおら打たれると写らない。何発か集中して観ていると曲導を見てそれだとわかるようになるけれど、それじゃ曲導から写せないしなぁと悩みの玉である。
今年は地域外の奉納も多く、けた外れに番外仕様が増えたらしい。それで分刻みで番外奉納が打ち上げられる超過密スケジュールだった。もともと片貝まつりは「煙待ち」などはせずどんどん進行するが、それにしても9日の番付はぎっしりの内容だったのだ。
例年であれば打ち上げ現場には9日、10日両日分の打ち上げ筒全てを立ててしまうらしいのだが、今年は9日分が多過ぎて10日分を立てる場所が足りなくなったほどだという。
これをただ時間通りに花火を発射するだけでなく、番附をきっちり読み上げながら3時間。ほぼ完全に時間通り番附記載どおりに正確に打ちきったのは進行本部ならびに打ち上げ現場両者とも快哉といっていいほど素晴らしい仕事だったと思う。名調子のアナウンスにしてもただ番附記載の言葉を追っているだけでなく、要所でアドリブというかそれ以外の言葉が交じる。たとえば「……組の皆様、打ち上げ成功おめでとうございます」「……会の皆様たいへんお待たせいたしました。(お立ち台の)ご用意は宜しいでしょうか?」などの潤滑剤となる文言の数々である。これらを的確に挟みながらさながらDJの如く桟敷の盛り上がりに合わせてアナウンスするこの進行はやはり片貝ならではで、まことに切っても切り離せない祭りの一部である。
そして番付が進み奉納が読み上げられる毎に桟敷のあちこちで歓声や拍手が上がる。その場所がその奉納をした方々や親戚、仲間の席なのである。そして無事に打ち上がるとまたで歓声と拍手。
祝い事にはやんやの喝采が、追悼や供養には静かな拍手が、奉納のその内容毎に桟敷は沸き、静まり、ひとときも静まることはない。それが片貝まつり。いや桟敷とその近辺が静まり返るのはいよいよ、三尺、四尺の大玉が上がる直前、サイレンが鳴り終わり玉が放たれるその瞬間くらい(写真・世界一超四尺玉)。
そしてまた埋め尽くす客が固唾を飲む、という空気もまた伝わってきてこちらを緊張させる。爆圧とその音に度肝を抜かれながら緊迫の空気は瞬時に大音響の歓声へと切り替わる。静と動、静寂から喧噪へ。「ありがとうございました。ありがとうございました」アナウンスが追いかけ、祭りはこのエリアだけ超然として絶好調を保つ。
還暦の金冠スターマインはやはりひとつのクライマックス。これでもかこれでもかこれでもかこれでもかおまけに10発もう10発最期に一斉終わりと思わせて止めに5発と怒濤のぶちかましである。桃源郷か黄金郷かはたま往生楽土かばかりの還暦を迎えた諸氏にだけ許される特権のような連打。
近年は(TV番組などの影響もあり)ツアーに乗ってやって来る観光客は、最初は観光花火大会と認識しているかもしれない。しかしほぼ全量が奉納煙火、今風にいえばメッセージ付き花火である片貝まつりはやはり特殊な花火イベントなのである。そこにはとりわけ多くの願いや思いが花火に託されており、それは世間一般のこうした観光客が花火大会だと考えている納涼花火大会とはまったく性格が異なっている。ここでは花火は人々の思いを媒介する箱船であり、玉数の多い少ないではなく、それぞれの花火に願いの重さが込められている。
観光客のお目当てはおそらく四尺玉だけなのだろうが、そこは片貝まつり。とっておきの出し物は最期の最期で、途中退席を許さない。見物客に観光客が増えたといっても桟敷に占める割合は圧倒的に奉納者が多いしそこにあの「お立ち台」である。待ちに待った四尺玉が上がる頃には、桟敷で見ている観光客もさすがに祭りの強烈な個性に圧倒され、奉納花火の意味と真髄を身をもって体感し、その雰囲気にすっかり同化していることだろう。
花火を楽しんで観るためにはやはり心身共に調子が良くなくてはならない。その意味ではこの晩素晴らしい奉納花火に元気も貰ったけれど、体力的には全て使い切ってしまった感じだった。四尺の打ち終わる22時過ぎで撮影を止めて店じまいした後は、番附終了まで20分ほどは見物しているだけにした。ようやく涼しいかなと感じたのはこの頃。花火には満足だしもう無理しなくてもいいじゃないか、と自分の内からの声が肩を叩く。満足したがゆえに悔いなく、「駄目だぁ、もう帰ろう」と思ったのだった。2日間観る予定は初日だけとなってしまった。恥ずかしながらヘタレといわれようが、甘んじて頂戴しよう。それから車に戻るのに再び大汗かいて、それでもう余力は無いと感じた。
車に荷物を積んでからスーパー裏道帰還ルートをワープして、11時40分頃小千谷インターまですんなり達しロス無く高速に入った。花火パワーで走りきれると思ったが結局関越トンネルまで持たずに(先駆けの3号雷程度のパワーですか)、元気パワーガス欠で仮眠コース。それでもこの9日の素晴らしい花火群が無ければ夜の内には運転して戻っても来られないほど疲れていたに違いない。しばらく休んで再び走るがトンネルを抜けると打って変わって雨模様なのに驚いた。帰宅は午前3時半。
末筆で恐縮でございますが、片貝煙火工業・本田正憲社長、ならびに従業員、花火師の皆様、大変お世話になり心より御礼申し上げます。猛暑の中素晴らしい花火をご披露いただきありがとうございました。
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