花火野郎の観覧日記2006

番外特別編3 12/24
名古屋港 STAR☆LIGHT REVUE2006
スター☆ライトHA・NA・BI

   
愛知県・名古屋市

 クリスマスイヴは日曜。翌日は仕事。さて泊まろうかどうしようか?と思ったが、今年のスター☆ライトHA・NA・BIは開始時間が例年より早まり、かつ開催時間も30分間と短くなっていた。それで初観覧の時と同様に日帰りツアーとなった。名古屋駅から名古屋港の会場までは地下鉄で30分ほど。19時30分終了なら楽勝の日帰り圏となるのだった。
 現着は13時前と無駄に早い……。早めなのはやったことのないロケハンをしようと思っていたからだ。過去2回の観覧では、花火そしてクリスマスツリーとわかりやすすぎる組み合わせであり、ツリーの在る場所に直行しそれ以外に足を延ばす必要もなかったからだ。
 ツリーを絡めた撮りでは昨年ようやく成果がみられたので、今年はクリスマスものにこだわらず撮影・観覧もリラックスモードで楽しもうと考えていた。名古屋港ガーデンふ頭一帯をゆっくり見物がてらロケハンしてみようとの計画。
 まずは地図を観て今夜はこの辺りか、と目星をつけておいたJETY前の広場の一角に三脚その一を仮置き(写真右)。
 空はすっきりと快晴で素敵なイヴの晩になりそうだ。
 ツリーの在る集いの広場には昨年来同様に立派なツリーが鎮座している。既着の愛好家仲間達に挨拶ししばし歓談。ようやく体調も回復したが、思えば一週間前の日曜には流行のNウイルス(家庭内バイオハザード)でぶっ倒れていたのだからよくぞ来られたものと感謝するばかりである。
 それからガーデンふ頭に隣接するイタリア村などあちこちロケハンしてまわる。イタリア村というのは初めてだったが、どれぼどの広大な村かと思えばちょっとしたイタリア横丁、路地といった箱庭のような佇まいであった。
 JETY前広場〜名古屋港水族館あたりは丁寧にクリスマスイルミネーションが仕掛けられていて夜の点灯が楽しみだった。
 今年は撮影場所確保に苦労しそうもないけれど、一応三脚は2本用意。あちこち歩き回った結果、最初に置いた辺りでオーソドックスな観覧場所とした。早めに到着したおかげでクリスマス雰囲気を出すにも、花火だけを撮るにもめぼしい場所をいくつかロケハンで収穫出来たので良かった。前景の微妙な位置関係が気に入らずに直前に立ち位置を微調整。直ぐ脇にはJETY広場専用のメロディ花火のスピーカー群が積み上げて置かれてあり、楽曲やアナウンスを聞き漏らすことなどあり得ない位置関係。
 ツリーはもちろんJETY広場一帯にもイルミネーションに灯りが点る時間となり、それからまた前景に使えそうなイルミはないだろうかとウロウロしたりで意外と早く開始時間がやってきた。近くにはブルーのLEDをまとったシャチ君、イルカ君が観客を出迎えて、入れ替わり記念撮影大会となっている。 
   

カウントダウン

華芯菊先青銀乱

彩色千輪

各寸銀千輪

ミラーボール

紅、緑色蜂

紅芯青銀乱残輪

10号・万葉花

ミルククラウン
mangekyo.gif
8号・万華鏡
mangekyokamuro.gif
万華鏡冠菊/オパール芯さざ波菊

光の宝石
  
 開催時間は30分間と例年より少々短くなったが、主催者によれば予算は増えて、つまり花火密度は高くなったのだという。この30分間は全てメロディ花火仕様ということだが、ずっと打ち上げっぱなしではなく、5分位毎にナレーションというか全編を通してのクリスマスにまつわるショートストーリーが語られ、それに合わせて合間を花火が埋めるといった趣向であった。
 ほぼ定刻にアナウンスを伴ってイベントスタート。 
 その場ではああ、あの曲、と思っているのに、例によって楽曲は聴いているが、頭を通り抜けてどんな曲が使われていたかよく覚えていない。ということは私は楽曲でタイミングを測っているのではないのだろうか?と自問する。
 しかしこの日通しで語られた、クリスマスにくつ下を用意することになった理由(わけ)という物語は、ライブではこの部分が冗長であるようにも感じたが、幕間に語られ、花火と同時ではないせいで集中できるのか意外とよく話の内容が頭に残っている。
 カメラ2台体勢としたが、やはりスターライトでは1台に念を込めないと踏み外すと痛感した。
 楽曲の中でどういう場面で発射していくかの着火タイミングは、昨年と違って遠いながら台船が直視でき、筒口の火が見えるだけにだいたい読めるのだけれど(台船が直視できる最前列あたりで観て、撮っているなら−つまり撮影なら写像が歪むほど近いにしても最高の環境だから−タイミングを外すことはあまり無いというわけだ)、もう一台のカメラに気を取られた隙にあっという間に「読み」が逃げて抜けてしまったり、そうなる、と思っていてもうっかりカットの切り替えを忘れてしまったり、こちらの多少の凡ミスはあるものの花火自体は良く練られていて素晴らしい打ち上げだった。時間を短くして玉数は増えているというのだから、ピッチ早め、ということなのかところにより(大玉系で)続きの玉の開花がやや早く、前のを塗り重ねてしまっていたが「観るだけ」の分には問題なく良いテンポで、うまく楽曲に乗った心地よいピッチであるに違いなない。早過ぎるに騒ぐのはスチルの写真屋だけである。煙火業者はエンターテイメントを考えた独自の演出を毅然と披露していただければいい。我々写真屋の方でそれに臨機応変に合わせるし、必要な場面を切り取るのであるから。

 たとえば入りのカウントダウンは、カウント0で上空で開花するように、上昇時間分早めに射出するのだけれど、ここでは客に突然花火が現れるように見せるため、曲導を付けない。だから筒口が見えるか、カウントダウンが聞こえない場所だと最初の一発目を撮るのが難しい(つか凄い早口のカウントダウンだったような………)。
 たいていの大玉の場合、曲導を付けないことが多いのでどのタイミングで乗せてくるか読めないと外してしまう。今回は台船が見えているのでさほど苦ではないが下ばかり見ているわけにもいかず、曲導なしで連続して打たれると分離できず重ねてしまったりなかなか撮りはうまくいかない。
 筒口からの射出の火が見えたなら完全に対応できそうだが、それだけではない。やはり磯谷煙火の打ち上げを何度か見ていて、この辺で放りそうだとか、ある程度予測も肝心みたいだ。ノレている時は外さない。しかし気が散ると玉突きで狂うのでやはりカメラは一台に集中したいところだ。しかし気が散る要素は別にもう一台のカメラに気を取られた、なんていうことだけじゃなく、観客の真っ直中でやっているから、(それも予測しているとはいえ)その観客によってももたらされる。私の三脚と隣の人の三脚とのわずかの隙間に入り込んでくる客だの、子供が接近したの、飼い犬がちょろちょろとか集中を殺がれる要素はなかなか多い。
 ダイヤノユビワやミルククラウン。久しぶりに目にしたロケット、万華鏡や光のオブジェなど花火は愛好家にはおなじみの磯谷煙火店のオリジナルラインナップである。狭い台船の幅一杯に使ったワイド打ちなど、下方の賑やかさも充分で下から上までそれぞれの玉を活かした丁寧な空間デザインだった。観たであろう愛好家からのあらゆる絶賛の言葉がいくつものブログや掲示板であふれるであろうから月並みではあるが、相変わらず形も安定しているし発色が美しい。なによりも自社玉を活かすことを心得た、削ぎ落とされて簡潔な打上が素晴らしい。個人的にはカラフル系には目がないので彩色千輪はもちろんステンド系のオパールやプリズムといった多色混合型はお気に入りだ。
 ほぼ単独で曲導付きだった「万葉花」は素敵な開花だった。ひまわりぽい芯も相まって広範に散った小花ともども大きな盆でありながらも可憐で繊細な佇まいであった。思えば1年前のこのイベントでは実験的な新作千輪ものとして8号で打ち上がっていたが、今回は10号に昇格。時を経て完成形に進化したということだろうか。
 後半の型物シリーズではスター、ベル、くつ下、トナカイ、クリスマスツリー、クリスマスクラッカー?(打ち上げ順)といった型物が色鮮やかに飛び出した。個人的には一瞬何???と考えたが、判明した後はトナカイ君が気に入った。角の部分が可愛らしく出来ていた。くつ下は折り返しの模様、ツリーは鉢の所もちゃんとあるのね。よく出来ています。周りの女の子達からも、「可愛い〜」と歓声が上がる。
 本日イブの晩24日にクリスマスからみの花火打ち上げは、現在は全国各地で催されているはずだけれど、最大10号を使用し、これほど充実した内容と構成の花火を打つクリスマス花火イベントは他にないだろう。どこのイベントの花火も同じように咲いては儚く消えていくのだけれど、観客の心にまで思い出の形で遺っていく花火はどれほどあるだろうか?少なくとも、「クリスマスイブに名古屋港で観た花火」が観客にとって特別な記憶や誰かと共有する記念碑として、心に遺っていく花火であると私は思う。
 終盤の、各色光の宝石シリーズ(紅、緑のクリスマスシリーズ?青もあったけど)は玉数も多くて満喫である。多重芯物への切り替えは、こういう出し方は磯谷煙火らしくてそのタイミングを読んで操作はきちんと追随した(つまり宝石と三重芯が一画面に重ならないように)のだけれど、今回は何度も自分のレリーズタイミングより巻きの方が遅くて追いつかない瞬間があった。メカが追いついていないのだ。その点では写真屋泣かせというより写真機泣かせだろうか。アナログにしろデジタルにしろスチルでは「シャッターチャージ」が必要であるしアナログは巻き上げが伴う。このスピードが間に合わないのだ。もちろん135ミリ一眼なら高速チャージができるけれど中判では2コマ/秒もいかない。こういう瞬間も最期の光の宝石が開いている時は次の玉はもう直下まで昇ってきているからギリギリのタイミング。もちろん対処法は考えたのでまぁ次回があればやってみようか。
 いちばんドヒャーだったのはオパール系スターマインに単発オパールという流れで一番の大玉オパールが開いて完結、とひと安心したところで銀系スターマイン炸裂という瞬間。ええ凹みましたとも(油断というヤツですよ)。写真的には相殺ですもの(ふ、ここの撮りでは やったぁ○○ゲットォ と一瞬でも考えたら次の瞬間に海に落ちる。気のゆるみが禁物であるなぁ)。
 展開を読んでいる中で、この辺は切り捨てで行こう。ここで止めてすっきりまとめようか?もう少し重ねようか?この玉単独での撮りにしようか?色々混ぜて見ようか?と逐次写りをコントロールしているのだけれど、うまく読み切れたり、煙火店さんの方の演出にスカされたり、といった駆け引きというか、そのあたりもまぁ楽しいというか、悔しいというか………。orz というか………。「この辺で……こうでしょ? 裏でもう一発上げましたね…。ふおお、そう来たか… ・…とは、思わなかったぁっ」 などというつまり無言のうちに花火とその下に居る作家と会話しているようである。記録をビデオに任せて観るに徹する場合は問題ないが、スチルをやっているとどうしても撮ることにひっぱられる。経験が浅いのであればたいてい打ち上がったことに反射的に(考えずに)レリーズしてしまうし、何の意味もなくシャッターを閉じてしまうが、撮りつつある=写りつつある時間の経過の中で花火との対話、それぞれの花火の開きや形はもちろん、打ち上げ手はどのようにそれを活かそうとしているか?見せようとしているか?をできれば花火から発せられる、撮る、閉じる、巻く、待て、小休止の合図が聞こてくるのであるよ。
 やはり流れの中でまとめて撮ってしまったり、それらしい前景や事物を写し込んで写真的に洒落てみたい場所とイベントではあるけれど、ひとつずつが素晴らしい玉の数々。花火だけを一発ずつ大切に収めたいという気持ちも強い。
 19時30分終了で、片づけて仲間に声を架けてから日帰りのため駅へまっしぐら。地下鉄入り口は殺到する客で大混雑となっていたが、40分には地下鉄名古屋駅構内に達し待機していた45分発の電車に乗れた。終わりも早いので皆さんゆっくり名古屋港をそぞろ歩いてイヴを楽しむのかと思いきや、無情に花火が終わるとさっさと帰ってしまうのですか………。

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