花火野郎の観覧日記2008
観覧日記その13 8/2
第3回 古河市花火大会
茨城県・古河市
事前にネット上のプログラムを読みはじめての第一声。「なんと勿体ないことを………」。プログラム1番。19時10分。三尺玉。
花火に少しでも造けいがあり、各地の大会を観ているようなファンなら同じようにため息と共につぶやいただろう。
勿体ないには、豪華すぎてありがたくて勿体ないと、本当に無駄であるという嘆きとどちらの意味もとれるが、ここでのそれはもちろん後者。
19時10分などと、夏至を遙かに過ぎたとはいえ未だ空の明るさが残っている薄暮の時間に錦冠の三尺玉とな。
勿体ない。私は協賛者じゃないから勝手なことを言う資格はない。でも普通に勿体ない。出資者だったら絶対こんな時間に上げさせない。三尺だよ。三尺。いくらするんだよ。普通の花火大会なら満を持して最高のコンディションの中で、期待と共に打ち上げられるべきとっておきの出し物だ。20時スタートの大会ならいざしらず、未だ明るいうちに開幕カウントダウンで打ち上げ。
どういう名目と意味合いか、はたまた主催者のポリシーか出資者のたっての願いでここに三尺を持ってきたのかわからないが、追悼とでもいう以外に受け入れられるどのような名目があるだろうか。
三尺玉・昇曲導付錦冠菊小割浮模様
四重芯引先紅光露
ワイドスターマイン
光のシンフォニー
ワイドスターマイン
光のシンフォニー
ワイドスターマイン
光のシンフォニー
ワイドスターマイン
光のシンフォニー
三尺玉・昇曲導付彩色千輪菊
スカイコンサート・音楽花火
トイレが眩しすぎるぜ……
千輪の花園
三尺玉・昇り太尾引彩色小花入金閃超大柳
開幕の三尺玉は、結局こういう行為がどれほど勿体なく、無惨であるかを再確認しただけである。手間暇かけて作られる高価な三尺玉をこういう扱いとは、まぁなんと花火への愛のない仕業であることか。3回目だから運営に慣れていないのは仕方ないと思うが、少なくとも無駄としか思えない三尺玉の扱いだけは再考を要する。今時日本全国どこの花火大会に大玉をこんなタイミングで打つ大会があるだろうか。先だって行われた我が家近隣の某花火大会でも、貴重な一発限りの三尺玉を最後の最後にそれは大切に上げたものだ。ここは3発もあるしと余裕の無駄遣いなのだろうか。
観覧2回目というので見えない部分も見えてくる。観覧後に知り合いの愛好家にかけた第一声は。「どうしちゃったの?」。早く終わってほしいとまで願う花火大会はそうそうはない。昨年あれほど期待が持てると感じたのは錯覚だったのだろうか。
昨年は茨城2強というか、野村花火工業に加えて山崎煙火製造所が入っていたことが花火内容とバリエーションを豊かにしていた。何よりもそれぞれを比較して見る楽しみも加わって、プログラム上は上手にテンションを保っていたのだと思い当たる。それが今年は山崎煙火が抜けて地元以外では野村花火だけになって崩れてしまった。野村花火のパートは10パートのうち3、5、9番目だった。本来なら、そこが見せ場であり注目しどころなのだが、内閣総理杯の野村花火もってしても生彩がなかった。合間の他のパートに足を引っ張られている感じだ。開幕でテンションが下がり、それぞれの野村のパートまでが永い、ようやく、さぁ、というところだが気持ちが盛り上がらない。
緩急というが、野村以外が緩みっぱなしで、ちょっと休憩と腰を下ろそうものならそのまま寝こけてしまいそうだ。地方の花火ののんびりした風情というのとも違って緩慢さがいらだたしい程だ。それは薄い物量でありながら時間だけ引き延ばした感の、冗長で緊張感の無い打ち上げにある。
野村花火、スターマイン系はさすがに使用玉といいテンポといい一線を画している。ただ予算なりなのか今回は内容もいささか華が無いように感じた。とくに10号10発は四重芯2発、三重芯1発まで含むが、あとはいまいち。段打ちプログラムも玉の構成はいいけれども一箇所打ちだし、最後の10号15連発も続けて塗り重ねて終わり、という肩すかし。そしてフィナーレまでまた永い。今が旬の野村花火を起用していながら活かせていないプログラムというのは主催者に問題ありだ。
観覧位置は昨年とほぼ変わらない。変えようとしたが、風向きや人の流れや滞留を考慮すると堤防道路上の露店商近辺が弊害となりそうだったので、それを避けると同じ様な位置になってしまったのである。
昨年は無かったのに、堤防道路の途中に何張かの露店商が店を出すのを許可していた。よせばいいのに案の定開始時間にはその周りが見事なボトルネックとなって堤防道路の行き来が出来やしない。堤防道路の通行を完全に塞いでいた。買い求める客は行列し、道幅が狭くなった堤防道路はその店の前を通過することすら出来ない。
始まってみると大きく変更があったのは、10号と30号の打ち上げ位置。これは単純に有料席、招待席最優先でそこから真正面に見えるような筒配置にしたのだろう。昨年会場の左側にあり、目の前から豪快に打ち上がって頭上で炸裂した10号は、反対側の一番遠い位置になっていたし、三尺も向かって右端の一番遠い場所になっていた。これだけで見た目の印象は大きく変わる。なんとなく迫力が感じられないのはそのせいである。
各種放送もBGMの音楽も有料席近辺中心で、端の方にはスピーカーもなく、中央部分で何を言って何が行われているのかほとんど伝わらない。だから大勢の客にとって唐突に花火が始まり、終わり、何もない間があるだけである。直ぐ前に居る家族連れ一行は、最後の三尺玉直前に帰ろうとするし、何時終わるのか?と周りの客から何度も聞かれた。それも放送がろくに聞こえないのだから仕方ない。
打ち上げ場所がゴルフ場なので、暗くなれば遙か彼方のどこかの町の灯り以外にはここでは花火以外に目に入るものが殆どなにもない。つまり闇夜に花火のはずだが、唯一その闇夜に煌々と前景として浮かび上がっているのは何かというと、仮設照明とそれに照らし出された「仮設トイレ群」。建ち並ぶトイレもそこで順番待ち、用を足して出て来る客も見事にライトアップだ。他に明るいものがないだけに目立つこと目立つこと。4段にも分かれた堤防斜面雛壇の大観客の前ですよ。ついたてくらい設ければいいのに恥ずかし過ぎて開催中にこんなとこで用を足せないっての。位置的には便利だけどなにもこんな花火設置群の真ん前に置かなくても……。もしトイレの並びに露店商を許可すれば、立ち並ぶ露天もあり、トイレもあり、人通りもありとそれなりの花火大会風情だったのに惜しまれる。
今夜もデジタルカメラとの同時撃ちだけれど、デジタルはしばらくテスト段階。それにカメラを対象に向け直さなければならないのは、どちらか1台しかできないからメインであるフィルムがやはり主体となる。
最後の一番の見どころの地元煙火店の千輪乱舞も、3箇所ワイドにしていたもののそれ故かタイトルの千輪はアッという間の出来事。写真でその瞬間だけ見せれば都合良く素晴らしい光景になって伝わるだろうが、会場でその前後も見ている我々には退屈なだけだ。そのあとはまた別の玉になり、最後は延々と錦冠を打っていつのまにか終わった。錦冠はいいとしていたずらに時間を延ばして締まりなく打っているだけで飽きてくる。もっと短時間に玉数を多く集中させれば豪快な終了感だった。
三尺玉は何れもその輝きが薄かった。1発目は消費の仕方が問題外であるし、2発目の千輪は拡がりも小さく星も暗い目、3発目は親の引き火が写らないほどの繊細さで三尺の豪快感も全く無かったが、終了の寂寥感を煽るには最適だったと言える。この3発目はプログラムへの玉名の記載が違っているか、打ち上げた玉自体を間違えて持ってきたかのどちらかで、玉名通りの玉ではない。上記には近いと思われる玉名を勝手に記載した。それにしても昨年の錦冠三尺二連打で豪快に終了したのとはあまりに対照的であった。
近くて素敵な大会が見つかったと昨年は喜んだが、花火玉を大切にしない花火大会を観る気はしない。毎年この8月第一土曜日といえばシーズン中で一番開催日が重なり合っている。観覧を検討する大会が一つ減ったと言える。野村花火という銘木を見るだけにしてはサバイバル感の漂う原野の森であった。
昨年開催で少し有名になったのか、対岸の新古河市駅側でも鈴なりの観覧客だった。前回すんなり帰れた新古河市駅は入場規制で待たされてぐったり。楽ちんとは言えなくなった。近場なのが幸いというほど疲れた。
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