花火野郎の観覧日記2009

観覧日記その6 7/18
第21回 たまむら花火大会
  
群馬県・佐波郡玉村町

 長らく玉村に通い、成果もそこそこといったところで同日開催の調布あたりで、と観覧計画をしていた。ところが東京のNHKから連絡があり、何でも菊屋小幡花火店を題材にドキュメンタリー番組を制作中。玉村花火大会の当日になにやら話を聞きたいと申し出がありそれで計画変更となった。
 事前の天気予報が悪く、いったん梅雨明け宣言したもののうっとうしい日が続いていた。玉村の当日、雨は免れたものの朝から猛烈な蒸し暑さで車に機材を積み込むだけでバテ気味。
 この日は地元の役場駐車場を会場として、町おこしのアニメ関連イベントの開催日だった。昨今の玉村花火大会の場所取り事情を考えれば、イベントを最期まで見てから出かけるわけにもいかない。午前10時スタートのイベントをまだ準備中の9時頃にざっと見てから玉村へ向けて走る。イベントの中心となるのはいわゆる「痛車」のコンクール。各地からはせ参じたいずれ劣らぬ痛車自慢が勢揃いする。車を飾るアニメやゲームのキャラの出典はだいたいわかるけれど、半端ない装飾ぶりは既にアートの領域。しかしながらオタク領域に在ってなかなか「痛い」存在とされがちだが、私から見れば全身なんらかの広告フィルムに覆われた都バスやJR線のボディの方がよっぽど痛い。いいなぁと思ってウチの車も装飾してみようかと思ったが、家族から満場一致で却下された。
 利根川を渡って354号線に入ってからは1本道で間違わないはずが、この日は何をボーっとしていたのか途中で迷走したあげく地元の人に道を聞いてようやく正しい道に戻る。現着は迷ったわりには正午頃で、当然のように場所取りは既に完了していたが隙間を探して三脚を置いておく。今期場所取り戦線も熱かった様だが、開催週に入って祭りスタッフが繰り返しガムテープなどを撤去したようで、これで事前場所取りは意味が無くなった。もっとも剥がされたら取り返すことのできる地元の人はさておき。
 昨年に引き続き裏手では駐車禁止扱いになっていたので、お馴染みの「両水」に駐車して涼みの午後を過ごす。曇り傾向で陽射しはそれほどではないが、立ち話をしているだけで汗だくになってしまう蒸し暑さ。
 機材を運んだのは17時過ぎで、それからはずっと終わるまで野外になるが繰り返しパラパラと雨に見舞われた。準備中も幾度か降られたので、万一に備えて3本用意した三脚を全展開するのは止めて、2本だけにする。もうそんな時間には多くの愛好家諸氏、写真愛好家達が万里の三脚の壁を形成しており壮観だった。最初に玉村に誘ってくれた愛好家と二人だけで三脚を連ねていた頃からすれば良くも悪くも言葉にならない光景だ。
 花火開始前にNHKの取材が入り(NHKクルーは比較的近くに陣取っていた)、私もカメラを向けられたけれど、どうせ編集で没になるだろうと思いながら小幡花火について語る。没になったら誰にも届かないので、四重芯などについて喋ったことはこの観覧記に織り交ぜて記載しようと思う。
 プログラムを見るとやはり全体に減り気味かと思うが、実際を見てみるとそうは感じさせない花火と演出だった。
    

四重芯1発目

四重芯2発目

四重芯3発目

  

ワイドスターマイン

ポジ版

フードのケラレが orz
   
 この日のサプライズはプログラム1番のその前に、開幕1発目として10号四重芯変化菊を、しかもそれは四代目故小幡清英氏製作による最後の1発という触れ込みだった。
 このサプライズ情報も今日玉村町に着いてから情報交換の中で知ったことだった。どこから誰が仕入れてくるのか知らないけれど、こうしてその場に居合わせて誰かが教えてくれるからありがたい。
 さらにこの日は都合3発の四重芯が用意されているということだった。小幡花火店製という言い方では差はないが、その中で作者、組み立てた者が違う三者三様の四重芯。
 1発目は故小幡清英作、2発目は五代目を担う息子さんの手によるもの。3発目は小幡清英氏の兄弟にあたる工場長の作。
 裏手に居ると難点は進行アナウンスがまったく聞こえないこと。だから定時になったら即打つのか、なにやら前振り解説があるのかそういうこともわからない。NHKクルーにしても2発目の四重芯の時だけ合図の連絡が来る、ということで開幕はわからない。
 時計を見て集中していると、近くの愛好家の一人が大声でカウントダウンを始めてくれたので、察した周りの多くの愛好家が恩恵にあずかった。感謝である。反対側に居る連れ合いと電話を繋げぱなしにして、タイミングを連絡して貰ったらしい。
 その1発目。なんでも倉庫から手つかずの先代の四重芯が発見された、という世紀のお宝発見的なふれこみで出来過ぎの演出。私はこういう扱いは苦手だけれど、実際先代が新しく手がけることは永遠になく、打ち残しがあったというなら目のあたりにして見納めたいというのは花火ファンの本音ではある。もちろん遺作ともいえる玉を打ってしまえば永遠に無になってしまうけれど……。
 これが事実上の小幡清英氏によって製作された最期の四重芯という意味では感無量だった。その我々の思いとはうらはらに、最初の四重芯は四重芯らしく開かなかった。小幡清英氏自ら込めても何度となく出なかったのだから仕方ない。いやそれよりも、この玉、最近作ではないのでは?と思った。親星の色、続く四層の配色の並びは2007度シーズン前半迄に打ち上げられた四重芯と似ている。とはいえ2007年度だけで2度3度と違うタイプの四重芯が登場しているのだ。同年8月のツインリンクではまったく色構成の違う四重芯を打ち、その後の競技会ではまた違う。鬼としか思えない試行錯誤であった。打ち上げるのを忘れていた玉というのもあり得ない気がするが、当時の同じ造りの玉の出具合を見て納得がいかず、小幡氏自身が残りを封印した(お蔵入り)玉なのかも知れない。 
 小幡氏は「これが小幡の四重芯だ」という決定版の玉を造らなかった方なのだと思いあたる。小幡の四重芯は特定の決まった配色、決まった形にとどまることなく毎年毎年、常に変化し続け工夫し続け、改良され続けられてきた四重芯なのだった。おそらく理想に目指す決定版の開花の姿は、常に小幡氏の頭の中にあったに違いない。それを追い求めた探求だった。だから年ごとに違う様々な四重芯はそのプロセス上での幾多の実験の成果だったのかもしれない。
 その年のシーズンの前半と後半で造りを変える、なとどいう事も珍しくなかった。いや、私共部外者が知らないだけでもっと頻繁に細部を調整したテイクをいくつも造ったのに違いない。うまく出なかった四重芯が一時期綺麗に出るようになった。それでゴールと思いきや、翌年にはすべてをご破算にして「造り、一から全部変えてみたんですよ」と語り私ども愛好家を驚かせる小幡氏だった。
「またちょっと変えてみたんですよ」これを何度氏から聞いたことだろう。これで完成ということはない、という氏の言葉通りにありとあらゆる方法を試し考え続けて、その試行錯誤の数だけ四重芯の製造方法とスタイルが生まれた。だから製造年ごとに異なる四重芯があり、そのひとつひとつは星の発色にしても色の組み合わせにしても間違いなく菊屋小幡花火店の花火だったけれど、小幡の四重芯は親星がこの色で芯が順にこの色の配色のものですよ、という定番が無い、のだ。
 こう振り返って書くに、持てる技術をすべて注ぎ、考え、工夫し続けた。私共のような愛好家にさえ感想を問い、理想の開花に近づくためにいかなるヒントもいかなる手がかりをも求め続けた。その小幡氏の執念にも似た取り組みの姿勢に改めて驚嘆し感銘せざるをえない。
 だから逆に言えば○○年当時は親星はこれとこれ、芯星の組み合わせは中心からこの色、次にこの色というスタイルが年ごとに違うので推察しやすい。使用される星はまとめて造られる。この日の2発目3発目も一部を除いて同じ配色(2発目、銀→紫→黄。3発目、銀→ピンク→黄)。
 2発目。きれいな盆で開いたし芯部の同心円もまずまずだった。しかし残念ながら四重芯には見えなかった。最中心〜第3層までが崩れて混ざりあってしまったようだ。次の3発目と同じ部品を使って同じように組み立てたのだと思うけれど同じにならない。それが花火。
 初めて込める玉に無情な評価といわれるかもしれないが、私が評価を水増しし世辞を言っても意味が無い。百聞は一見にしかず。今は多重芯をそれと鑑ることができる人は一般客にも多いのだ。出ているかどうかは私が見損なったとしても他の多くの人が観ている。なにより作り手が一番わかることだろう。ここから第一歩。先代の目指した果てのない終わりのない四重芯造り。当主としての花火づくりの道のスタートなのだ。だから期待を込めて今後の菊屋小幡花火店が楽しみだと思えた。菊屋小幡花火店としては夏期最初の大きな大会と聞く。たまむら花火大会は新生菊屋小幡花火店のお披露目であり、ここから新に始まるのだと感慨深かった。
 3発目。これはしっかり四重芯だった。僅かに寄ったけれど芯全体が大きく、四重芯らしく開いた見事な玉だった。こうして順に3発の四重芯を観ると、次第に芯がはっきりして四重芯らしい姿になっていく。それはさながら小幡清英氏が苦闘し続けた四重芯造りの過程と掛けられた10余年の年月を一瞬にして振り返ったかのようだ。
 当初、同業者や見巧者だけがわかる超瞬間芸だった四重芯は、一般客の目にもそれとわかる形に進化した。そこまでに至るプロセスは多くの人にはわからないことだけれど、精緻な玉は今大衆の目に届く芸術玉になった。
 先代の花火づくりの精神はきっとスタッフ全員に行き届いているのだろう。この日の全ての花火が打上方法が変わりなく高い水準で披露されたことが喜ばしかった。
 撮りはメインフィルムカメラが28ミリ相当一発。サブのデジ一眼も同等のズーム設置。
 今日は肩の力を抜いて楽にやろうと思った。序盤からすでに例年の風向きではなく、南方向からの右流れの弱い風で煙が停滞気味。単発打ちでも前の玉の煙が小割浮き模様のように盆に浮いてしまう状態で、クリアではなかった。ますます力を抜けてしまい抜けすぎて、デジカメで凡プレーが。もし明るい時間にセッティングしていたら気が付いたのかもしれないが、結果から言えばレンズフードがあらぬ角度で付いていた。そうワイド端でケラレたのである。単発打ちではモニタを観ても気づかず、全画面に花火が写るラストの銀一斉で初めて気が付いた。ありゃまぁ……変な形のフードには気をつけねば……。
 いつもながらのフィナーレ。数々のフェイント攻撃を右に左に交わし、時に無駄弾を誘発されながらもなんとか一斉打ちに合わせた。この銀一斉で、いやこの手の光量の多い打上で、撮りに気を付けているのは「見た感じ」。写真技術の上では、すっ飛ばないようにいくらでもアンダーに撮れる。でもそれは、実際の印象通りなの?だから見た目の「眩さ」を感じられるぎりぎりの露出にしている。
 開催中も蒸し暑さは抜けず花火終了と共に満足感に劣らない長い一日の疲労感が押し寄せてきた。片づけていると「終了後に五代目作について感想を伺います」という打ち合わせ通りにNHKから最後の取材。やれやれ困ったな。それは上記の通りで、うまく出れば絶賛礼賛といきたいところだけれど。ちなみにドキュメンタリー番組「約束のチカラ(仮題)」の放映はNHK総合、8月13日で90分ほどの時間のうちで別のドキュメントと共に放映されるようだ。
 ガソリンが高騰した昨年はまず車が少ないと感じたが、さすがに今年は渋滞地点ではそこそこ流れが悪かったが、裏道を快走して順調に帰る。
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