花火野郎の観覧日記2010

観覧日記その21 12/3
秩父夜祭り花火大会
  
埼玉県・秩父市

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昇小花八重芯引先変化光露
山梨 斎木慶彦
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昇小花雌雄芯丁字菊
静岡 田畑喜一郎
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昇小花八重芯菊先変化光露
秋田 久米川正行
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昇曲付三重芯変化菊
長野 田村清治

昇朴付四重芯錦菊
群馬 小幡知明

昇花束芯入五色染分ダリア
東京 細谷一夫
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昇花束青芯紅煌星
埼玉 根岸和弘

昇花束万華鏡
愛知 磯谷尚孝

昇小花芯入時計草
長野 古澤義勝

昇木葉マーガレットの花
長野 篠原茂男

昇銀朴付光のオブジェ
愛知 磯谷尚孝

昇曲導付四重芯錦かむろ菊
秋田 今野正義
     

昇分化三重芯変化菊
茨城 野村陽一

昇曲導五重芯変化菊
秋田 小松忠二

昇朴付四重芯変化菊
長野 青木昭夫

昇曲導五重芯変化菊
茨城 山崎芳男
  
 明け方の通勤時間帯は雷を伴う土砂降り。それから急速に回復して昼頃までには青空になった。午前中は出荷作業をして昼前に出かける。本当に久しぶりの電車での秩父行だ。おそらく現在の住処になってからは一度も電車で行ってない。秩父夜祭りの花火を最後まで観て帰ると電車では自宅まで辿り付けない。それで長らく車で出かけていたわけだ。
 昼からの時間帯は一番観光客が集中する。往きの特急レッドアローは満席が続いていたので、池袋から急行と各停で正味1時間半ほどかけて午後3時頃に秩父入り。暖かい。上着など要らない暖かさだ。駅でプログラムを入手してロケハンに向かうが観覧場所は2008年と同等の場所に決めてあった。対打ち玉に高さの違いや大きさの違いで遠近感を出したいからだ。そこが今年も使えるか確認して、皆さんお馴染みの場所も様子を見る、と既に大量の三脚が一直線に並んでいた。そこは私が最初に芸術協会の対打ちを観た場所だったが今では写真やビデオの愛好家氏の定番スポットになったようだ。
 知り合いの愛好家の顔も見られ、しばらくそこで歓談して過ごす。そうしていると到着時には快晴だったしその後も晴れの予報だったのに、雲が拡がり雨がパラパラ落ちてきたり。
 自分の観覧場所に移った後はひたすら開始待ちなのだが、18時近くに急に突風に見舞われたと思ったら再び本降りに近い雨になる。それから30分ほど雨を凌いだ。雨予報はまったくなかったので、電車で来ている今回は傘以上の装備が無く、我が身とカメラバックを護るので精一杯。カメラ1台三脚1本なので撮影装備としては軽いけど防寒用品がかさばる。アウターを濡らしてしまうと替えがないので参った。幸い傘は2本あるのでなんとか乗り切るもののその傘も強風で何度もお猪口にされた。
 雨が過ぎると再び穏やかになったのでやれやれというのも束の間、19時を過ぎいよいよ芸術玉プログラムが、というところで再びあたりの草木が大きく揺らぎ始める。全方羊山の山肌の木々が大きくその葉を揺らし、山全体がザォォとざわめいていた。あたかも山あいで聞く渓流の流れにも似て。それは錯覚だけれど、こんな風の吹き荒れる夜祭の晩は初めてだ。
 御旅所が近いので進行アナウンスは良く聞こえる。いよいよ日本芸術花火大会の始まり。2008年とほぼ同じ場所に立っているのに、対打ちの間隔が広い?多少打上場所が違うのだろうか。いやそれより、冠じゃなくて普通の芯菊の盆がみるみる流されていくじゃないか……。ただちに縦位置から横位置に切り替えるけれど、その横長の画面を開花から星が消えるまでの間で軽く横切っていく強風。大気だけはクリアだから肉眼で観るには素晴らしい光景だけれど写真的には全損の晩。これだけ流されては画角も構図もあったもんじゃない。
 最初に夜祭の花火を意識して見始めてから20年余。私とてその全ての年を観覧してきたわけじゃないけれど、経験した中でこんな強風の晩は初めてだ。無風やそれに近い風に泣くことは何度もあったけれど、3号4号が飛ばされるならいざ知らず、10号の開花がやすやすと流されていくなんて初体験だ。それで芸術協会の途中でとうとう強風のため一時打上げ見合わせになってしまった。
 スターマイン位置での芸術協会4号と2.5号の共演も、流されてはいるもののいい塩梅だった。2008年の時にはその方向に民家と電線があって観ているだけだったが、その民家が立て替えなのか更地になっていて、視界良好だったのだ。だから左右に振り分ける形でカメラ方向を変えながら撮り進める。とはいえ、10号の方はどうにもフイルムが無駄弾という感じなのだけれど。
 最後は全国花火競技大会優勝者作品の部なのだが、三重芯から五重芯と高級品の部類なので単発かと思いきやプログラム上ではまさかの対打ち記載で目眩がした。なんという豪華さなんだろう。2本の曲導が昇った瞬間、「対打ちだよ………」と思わず再確認のつぶやき。四重芯はあるけど五重芯の対打ちって……経験無いよ。この風でなければ最高なんだけれど。しかし小松煙火工業の五重芯対打ちは二玉とも最高にキマっていたし、なんとも素晴らしい究極の対打ち。なんという贅沢。この五組10発を観ただけで完全に来た甲斐があった。
 そも、対打ちは元来は二人の花火師が呼吸を合わせてシントルを投げ込み、あたかも一つの花が咲くように同時に開花させる、というその打上技術に見せ場があったわけだけれど、電気点火の現在はシンクロが乱れることはほとんど無い。だから今や対打ちの醍醐味は二つの花がどれだけ良い意味で等しく同じか?にあると思う。そうなると三重芯以上の多重芯になるほど難しい。いかに品質の揃った二玉であるか?そこが腕の見せ所だからだ。例えば同時に開花した四重芯が揃ってキマれば、その効果は1発で上げる時の倍以上。しかし片方がツブれれば、ツブれた玉を単独で上げるより残念な結果だ。隣の玉は綺麗にキマったのに何故?となるからだ。良い例と残念な例とが並んで同時に咲くなんて拷問だ。抜き取りでチョイスした二玉が安定してキマるならば、それは高い製造技術があってのこと。
 その後錦冠連打の黄金の滝スターマインとなる。左に錦冠スターマイン右に錦冠10号連打の豪奢パノラマ仕立てで堪能した。
 このキャノン株式会社様、キャノン電子株式会社様(あえて協賛の感謝の意をこめて様付けです)協賛の芸術協会のプログラムが終わったところで引き上げる。
 思えばミレニアムを伺う1999年から同社が潤沢な協賛をするようになって夜祭りの花火は激変した。私が夜祭りの花火部分だけを観るようになった1990年初めは、この日の日本芸術花火大会に続く煙火主催町競技スターマインと虹のスターマイン大会しかなかった。それでも屋台の運行に従って打ち上げる趣向も打ち上げ開催時間も変わらない。つまり現在よりもっとずっと打ち上げが間延びしていて、15分〜20分に一回のスターマインという具合だった。今ではその頃より性能のいい防寒ウェアを使っているとはいえ、当時のずっと寒かった秩父でこの合間の待ち時間は耐え難かった。当初はその資金の使い道に困惑したかのようなプログラムが続いたが、2000年度の二尺玉10発連続打ちが入るプログラムは今でも心に残っている。二尺ゆえより遠間での打ち上げになってしまうため、迫力がない云々で一度きりしかやらなかったのが残念。そして2005年からの日本煙火芸術協会の花火玉による日本芸術花火大会は、最適で素晴らしいプログラムだと思う。特に芸術玉による対打ちの見事さはそれぞれを単発で観る時の倍以上の感動があり最初に観た時は驚いて放心した。周りで観ている特に花火愛好家というわけではない、夜祭りの屋台を観に来た、というだけの観光客すらも言葉もなく静まりかえっていた。花火にはそんな凄い感動の説得力があるということを思い知らされる対打ちなのだ。煙火芸術協会の対打ちは東京湾でも観られるが、玉数の多さ、花火作家の多彩さでは圧倒的に秩父だ。協賛金の有効な使い道を模索して辿り着いたこのプログラムは立派に名物となった。今後いつまで実施されるかわからないが、それがある限り必見といえるだろう。
 さらに1時間打上げが続くが、電車組となった今年は最後まで観ていると西武線の起点・池袋までは帰れてもそれから先の電車がなくなってしまう。それに今日は強風による打上中断が頻繁で、屋台の運行に合わせるまでもなく花火は予定通りの時刻には終わりそうもなかった。
 21時25分のレッドアローで帰る。全席指定の特急帰り便はいずれも満席だったが、往きに偶然キャンセルが発生したのを買うことが出来たのだ。西武秩父駅に着くと発車まではまだ間があったので、残りのスターマインプログラムのいくつかを駅から観る。そして駅から離れる時間にも打上げは続く。車窓から驚くほどの大きな盆の10号が見えた。なるほどたまには電車に乗ってみるものだ。
 花火をかき乱した強風は、帰りの電車にも影響した。東海道線内強風で電車は遅れていたし、翌日はこの強風が北上し東北新幹線を運転見合わせに追い込んだ程だった。
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