花火野郎の観覧日記2010

観覧日記その6 7/21
第62回 鎌倉市花火大会
  
神奈川県・鎌倉市

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明るいうちからやったりとか
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海上に少し打ち出して開かせる
独特の水中花火
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 前回2002年だから8年ぶりの観覧になる。合間が開いたのは、その2002年から固定開催日だった8月10日から、開催日を8月の第2火曜日と平日に移したせいもある(故に2002年度は8月13日開催)。この花火大会は、1948年から1回の中断を除き2008年まで61回開かれている。1977年からは長らく開催日は曜日に関わらず8月10日に定着していた。開催日変更の理由としては、警察指導による警備上の問題を挙げている。2001年度は金曜日開催となったが、鎌倉市が想定した砂浜(由比ヶ浜、材木座、坂の下海岸)の収容人員を大幅に上回る27万人が集まったという。2002年の8月10日は土曜日になったためさらなる観客集中が予想され事故を警戒した結果であった。当然ながら2001年度の明石市大蔵海岸の歩道橋事故の影響が大きかったわけで、2002年以降二度と土日には開催できなくなったのである。
 昨2009年は鎌倉花火大会にとって不幸なことに、台風来襲で花火大会は中止になってしまった(順延ではなく09年は行わないということ)。
 だから1年おいて2年ぶりの開催ということになる。しかしながら今期は例年の8月第2週ではなく7月になった。これは例年の日取りが大潮にあたり、観覧場所の砂浜が削られ、収容人員が減って危険なための措置と聞いている。
 過去に足繁く通っていた鎌倉もつまりは8年ぶり。この間に鶴ヶ岡八幡宮の大銀杏が倒木したことは記憶に新しい。この大銀杏も何度被写体にしたことか。そんなに長いこと鎌倉にご無沙汰だったかとあらためて思う。
 久しぶりに降り立つ鎌倉駅だが大きな変化は無いように思えた。鎌倉では花火観覧時には大抵同じ場所と決めているので、近くまでバスで向かう。さすがに歩くには厳しすぎる気温だ。最寄りのバス停からすぐに材木座海岸に出られる。私は定点観測のように鎌倉というと毎回ほぼ同じ位置から撮っている。その一角に三脚を置いて、あとは近くの決まったお寺で涼みながら午後を過ごすというのがいつものスケジュールだ。海岸を歩いてお寺に向かうも、例年より早い開催で、平日、夏休み入り直後、というせいもあるのだろうが、午後2時半くらいにして、メインの由比ヶ浜はともかく隣の材木座海岸は、海水浴客もガラガラ。海の家が並べる有料のデッキチェアも利用している人も疎ら。このところ35度を超える猛暑だというのに海水浴客がひしめいている感じがまったくない。
 汗だくになって目眩とともにお寺の境内に辿り着き、助かったと長い休憩。すかさずお寺の猫が足下に寄ってきてアピールするが、残念ながら与える食べ物は持っていないんだな。蝉の声が満ち、静かな境内の木陰は居心地が良くひときわ涼しい。しばらく経つと近くの幼稚園の園児が集まってきて、いくつかの班に分かれて賑やかにスイカ割を始めたのを微笑ましく眺める。
 17時を過ぎて機材を運ぶ。日没まではまだ遠く、漁船の陰で陽射しを避けながら開始を待つ。
 鎌倉では必ず、材木座海岸か、稲村ヶ崎方面で見物しなければならない。なぜなら例年風向きがほぼ決まっていて(私が過去見た中でこんな向きは珍しいということは一度も無い。)、たいてい煙の塊は坂の下海岸方面に流れる。ぎりぎり由比ヶ浜のメイン会場を避けられるくらいだ。ところが今回、長らく鎌倉の花火を観てきたからわかるけれど、台船の係留場所が、ものすごく逗子寄りになっていたことに驚いた。三脚を立てた時刻にこれまでなら既に台船が来ているが、まだ曳航中だった。そして夕方来てみると台船の位置に驚いた。鎌倉で台船の位置は重要だ。係留場所を東にずらしてしまうと、メイン会場の由比ヶ浜が煙直撃の風下になってしまうのだ。
 私の観覧場所は砂浜よりやや高い場所なのだが、そこから観て、かつてなら波打ち際までびっしりと観客が座り込んでいるものなのに、今年は打上開始直前でも客の合間に大きく浜の砂地が見えるくらいのスカスカ。例年の1/4も客が居ないことに驚いた。
 鎌倉の花火は私にとっては花火大会観覧という視点で考えれば、ここが住処の県内以外ではもっとも旧くから見ていることになる。鎌倉ではなんといっても最大の名物の水中花火が気に入っている。高速船から海中に花火玉を投下していく、という独特のやり方と、その開花の迫力は他ではなかなか得られない魅力だ。かつて強風で危険なために、台船からの打上ものを一切やらなかった年があった。やったのは水中花火の投下のみ。それでも充分満足できた。それくらいの出し物なのだ。
 今回観覧を決めたのは、長らく直接の打上を担当してきた業者が変更になったので成り行きを見るためだった。過去にも一度だけ業者が代わったことがあり、その当時はその訳も知っていた気がするがもう忘れた。しかしいつもの水中花火とは大分印象が違っていていまひとつだったと記憶している。
 いよいよ定刻だが、例年より3週間も早く開催するのに、同じ19時スタート。空はまだ夕焼けが綺麗、というほどの明るさ。結局最初の30分はその空の元での無駄打ち。なんと勿体ないことか。進行もプログラムが5部構成なのに最初の1部が終わるのに25分かけていた。そして結局15分オーバーで終了。感想はというと進行具合からさすがに予定の20時じゃ終わらないだろうという見込みと、内容と風向きから、これ以上見ても仕様がないので途中で早めに帰ろうとさえ思った。
 私は鎌倉を人に薦めるが、もとより鎌倉は特に凄い芸術玉を打ち上げて来たわけではない。玉数も多くないしごく普通のレベルの打上内容だ。しかしここには絶対の名物の「水中花火」があり、これだけは薦められる出し物なのだ。そして凄い芸術玉を打たない代わりに、水中花火と台船上のスターマインなどとのコンビネーションが絶妙だった。
 ところが残念ながらその肝心の名物がいまひとつだった。恐らく新しい業者がこの現場に慣れていない、という点は割り引いて考えなければならない。それでも水中花火に10号という大玉をまったく使わないから迫力に欠ける。申し訳ないがこれは私が惚れ込んだ鎌倉水中花火じゃない。この新規業者得意の「海中からいったん飛び出して開く」独特の水中花火も披露したが、玉が小さすぎてどうにもならない。川の大会ならいざしらず海ではさすがに小さすぎる。投てきの方法そのものの違いやタイミングや間が悪いのか、次々に開花するという風にならない。その代わり鎌倉ではかつて無いほど綺麗な半球型に開く水中花火も多かったから、投下と開花のやり方がこれまでと違うのだろう。台船と水中花火の連携もいまひとつ。水中花火が通り過ぎてからスターマインを上げたり、水中花火が台船の位置まで到達していないのに打ち終わったりとチグハグ。号数の大きい単発玉はなかなか見事で星の色も綺麗だった。
 台船からの打上のテンポも間隔が開きすぎで盛り上がりに欠けていた。アナウンスにDJを採用している割には、肝心のこれからやる花火内容やプログラム個々の進行については一切喋らない。上がってない時間の場を盛り上げるわけでもなく、何しに居るのか。駅で入手したのは洒落たプログラム冊子だが、イメージタイトルの羅列でスターマインなのか単発打ちなのか花束なのかわからない。そして打つ時間も玉の号数も未記載という親切ぶり。
 そのプログラムにしたって、もう打ち上げている途中で花火内容とは似ても似つかないものになり、ステージの途中で記載された後半はぜんぶ端折って次のステージに行ったりとわけがわからなくなる。私もとうとう2/3くらい進んでからはプログラムがまったく当てにならず、花火と投下船の動きだけ見て撮っていた。それでも水中花火とともにやるのがスターマインなのか7号なのか画角に関わる打上内容が読めない。また、水中花火と台船のタイミングが合わず、鎌倉花火なんて1970年代から観ているし、35ミリカメラの時代から何十回撮ったかわからないくらいなのに今日は最後まで翻弄された。
 先日の某大会では6分間の打上にフィルム消費が約1本30カット。鎌倉では1時間15分の打上に対して、20カットちょっと。まぁ最初の30分間は空が明るすぎてフイルムの無駄だから撮ってないし、水中花火の露光ではワンカットに手間と時間がかかる方法を採っているので数はいかないにしても消費量が少ないのは内容とも比例している。
 どこの大会もそこならでは、というとっておきの出し物に苦労するなかで、名物が名物足り得ていないと感じる。もっともそれは永年ここの水中花火を観ているからの比較であり、今回のものだけを観ても満足される客も多いに違いない。
 上空の風は南西で、煙はちょうど由比ヶ浜と材木座海岸を分ける、滑川に沿うような方向に流れていた。台船の位置が悪く、開花の1/3は煙にかき消えるという有様で写真にならない。材木座でそれだから、由比ヶ浜では台船からの発射煙、水中花火の煙の全てが直撃でなにも見えなかったのではと思う。
 第5部を始めたのが20時すぎ。銀冠スターマインで終了と思いきや、アンコール花火(笑)と称して同規模の大型スターマインを打ち始めた、もうその頃には呆れて片づけて帰りかけていたが、もう少し進行をなんとかならないものだろうか。
 かつてを知る鎌倉では裏道を抜けてスイスイと駅に到達。20時30分過ぎには駅ホームに上がれた。

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