花火野郎の観覧日記2017
観覧日記その5 4/29
第16回 国際花火シンポジウム
大曲の花火〜春の章〜「世界の花火 日本の花火」
秋田県・大仙市
2日目。起きた時は晴れていて、これで天気予報どおりに本当に崩れるのかと思っていたら、宿泊地の秋田駅を離れる10時頃にはもう雨が降り出していた。正午前に大曲駅に着くも外は本降りで、結局雨宿りというか4時間以上駅に釘付けになった。
15時過ぎに一旦雨が上がったのでタクシーで雄物川の対岸まで乗り付ける。向かい風の時のロケハンと、打ち上げ側の堤防道路は16時まで通行可能なので打ち上げ現場を観てみたかった。堤防道路はここは桜並木だったのかと、もう20年以上も大曲に通っているのに4月にこの河川敷に来たことで初めて気が付いた。そこはほぼ満開の桜が咲きそろっていた。堤防道路から見下ろすだけだが設置の全貌がよくわかった。ちょうどオプショナルツアーのバスも到着し、シンポジウム関係者が大勢打ち上げ場に向かっていた。
16時時点で川に平行よりやや打ち上げ側に射し込んでいる風向きに、メイン側で観る決定をする。大曲花火大橋を徒歩で渡り返してそのまま入場ゲートの列に加わる。この最終日はローソンチケットなどで幅広く前売りしたりツアーが入ったりで、開催日の中では一番観客が多かった。入場待機の行列が相当長くなったところで予定より30分早く入場できることになった。正規に前売りで買えるのは最終日チケットだけなので既に購入済み。河川敷に入ると直接また撮影エリアにダッシュした。
昨日は長年のネットの上だけのドイツの友人にようやく直接会うことができた。この機会はやはり「国際花火シンポジウム」が日本で開催されたからで、そのこと自体にも感謝したい。もう20年来、日本の花火」ホームページを通してずっと昔からカレンダーやメールをやりとりしてきた。カレンダーや書籍を送る際に自分の顔写真を同封したこともあるが、今ほどインターネットが普及しているけでもなく、ましてfacebookのような便利なSNSツールも無かった頃。
相手の方が人に尋ね私を居並ぶ写真、ビデオの愛好家の中から探し当ててくれた。実は私は長年の友人の現在を顔を全く知らなかったのだけれど、にこやかに近づいてくる長身の外国人を観て一瞬で察知した。婦人同伴で来日していて、一緒に記念写真を撮って貰った。撮影は奥様がやってくれた。
このシンポジウムの為に来日することは既にやりとりしていたし、私が終盤の2日間しか行けないことも。だから有料の撮影席に来るのだろうと見越して誰かスタッフに私が来ていないか尋ねたのだろう。積もる話は山ほどあったのだけれど、語学が不自由なせいで思うに任せない。しかしとうとう直接会えた喜びは互いに通じた事と思う。この最終日もビデオを撮りに現れて、今度は並んで隣り合わせで撮影、録画する機会に恵まれた。いったん花火が始まれば、撮りや録りに関する考えも反応も無言でもわかるので、長いこと一緒に撮っているような親近感を感じた。
河川敷に入ってからも断続的にポツポツ降った。水たまりができるほどではないものの水分はそうとう含んだわけ。撮影エリアは芝付きの緩斜面だが歩けば靴がびしょ濡れになるくらい水気が多かった。日中もだが夜も冷え込む予報。これほど「結露」の条件が揃っているので、警戒していたのだが、警戒したところでそれを免れるわけではなかった。
この晩は風向きと量の多い発煙、高湿度による煙の停滞もさることながら、昨日にはなかった「結露との絶え間ない戦い」に尽きた。レンズ面は拭いても拭いてもたちまち曇ってくる始末。スターマインプログラム1回分も持たず曇るので途中で何度も撮りを中断して拭き取らなければならない。スチルだから中断はともかく動画組は困っただろうと思う。レンズ面の雲りだけでなく、そうした拭き取り処置をしないカメラボディや三脚、バッグも衣類も水滴が溜まり続けてびっしょりだった。内部結露で一眼デジが死んだ話も聴いたことがあるので気が気じゃない。
曇りに気が付かなければ全編強力なソフトフィルターを通した映像になってしまうし、無駄とわかっても繰り返しこまめに拭き続けるしかない。拭き取りにはクリーニングペーパーを使ったが、これとて湿気ってお鼻にやさしいティッシュペーパー状態。この晩の2時間の撮りにクリーニングペーパーをひと束全部湯水のごとく使って拭いた。結局この日の撮りは10号割物はともかく、ワイドスターマイン系は日本の花火世界の花火を問わず、写真的には全損。
29日には全ての「記載された」出し物が終わった後、サプライズプログラムとして再び20号打ちと、ワイド一斉掃射が組まれた。サプライズといってもシンポジウム関係者はほとんどご存じで、我々愛好家の情報より詳しく知っている感じだった。
この晩の20号は昨日と同じ位置から打たれたものの、直前のワイドプログラムの厚い煙が邪魔をして盆の上部が見えなかった。私はワイド打ちの方は知らなかったので、20号の冠の引き先が消える前に正面の全幅からズドーッと曲導が立ち上がったので少し驚いた。
ドイツの友人にいつしかの再会を告げて、濡れたままの機材を片づけて引き上げる。
この開催地の4月末くらいは天候的に不安定なのだろうか。昨年の春の章も春の嵐だったし、予報だけで言えば有料席が風下の西風予報が開催週の間ずっと毎日出ていた。順風条件が一度もないわけで、願わくば最高のコンディションで日本の花火を観て頂きたいわけだが、それが叶ったのは27日の一夜だけだったようだ。
煙待ちの時間をたっぷりと取ったことと、外国勢の打ち上げ所要時間が思いの外長かったことなどから、20時20分終了予定は40分押して、21時過ぎの打ち止めだった。このことによりJRは発車時間を遅らせたりして帰り客に対応した。ホテルでは濡れたカメラやレンズの手入れをしてから就寝。
翌日は初めての角館桜散策に向かったが、こちらは好天に恵まれて東北の小京都の桜を楽しむことができた。
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