花火野郎の観覧日記2005

観覧日記其の3 4/21〜22
第8回国際花火シンポジウム/世界花火大会滋賀
     
滋賀県・長浜市(21日)大津市(22日)

第8回国際花火シンポジウム
トレードショーの様子などリポートを読む→
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 世界花火大会滋賀は、以下のようなスケジュールで国際花火シンポジウム開催にあわせて、その一環として琵琶湖岸各地で開催された。打ち上げは全て台船からで、開催地は夏にもそれぞれの花火大会が行われるような場所である。
 「世界花火大会滋賀」「世界花火大会」という花火打上の名称ばかりが先行して、また一人歩きしているが、メインはあくまで国際花火シンポジウムなのである。世界30カ国から、花火関係者が参集しての国際シンポジウムという性質上各晩の打上はデモンストレーション的な色彩が強い。現物の花火を打ち上げることが最大の見本市でありカタログであるからだ。
 とはいえ、一般人にとってはシンポジウムの中味はきわめて専門的であるので、誘致県としては観光客動員に繋がる花火打ち上げを同時開催の集客イベントと考えたのだろう。当初はそういうつもりだったにちがいないのだが、開催が近づくに連れてだんだんきな臭くなってきたのである。
 我々ウォッチャーとしても実は花火そのものが観られることに最大の関心もある。だから誘致が決まってから指折り数えて楽しみにしていたのだが、開催が近づくに連れ、地元の花火愛好家に話しを聞くに連れ、予算が少ないらしい、玉数が減ったらしいと良い噂を聞かなかった。
   
開催日 開催場所 打上国と担当煙火業者
4/18(月) 雄琴会場(雄琴港沖) 20:00〜 イギリス/フェスティバル・ファイヤーワークス社
中国/パイロフォーメックス社
4/19(火) 今津会場(今津港沖) 19:00〜 イタリア/ラ・ローサ社
中国/中国メーカー混式(打ち上げは日本の煙火業者)
彦根会場(彦根港沖) 20:00〜 イタリア/ペアレンテ社
中国/中国メーカー混式(打ち上げは日本の煙火業者)
4/20(水) 守山会場(琵琶湖大橋大橋東詰沖) 20:00〜 台湾/サンタイファイヤーワークス社
4/21(木) 長浜会場(長浜港沖) 20:00〜20:45 イギリス/フェスティバル・ファイヤーワークス社
中国/ディアン社
4/22(金) 大津会場(びわ湖ホール沖一帯) 20:00〜20:15 日本/社団法人日本煙火協会所属煙火業者有志
      
 そしていざ開催が近づくとまるで花火大会を隠すようにPRや宣伝を自粛し客寄せは一転して客忌避に変わっていったのである。つまるところ花火そのものや付帯する警備費用がままならなくなっていったらしい。一説には世界花火大会とぶちあげて5,5万部ほども印刷して琵琶湖を取り巻く主要な駅に置いたA4判チラシ(写真)まで回収に奔ったという。
 もっとも象徴的だったのはシンポジウム開催地の大津市で、夏であれば琵琶湖最大の花火大会が催される場所である。
 だからこそ夏と同様の人数の客にでもこられようものならたまったものではない、ということである。今回どうやら、花火費用は潤沢ではないものの誘致した滋賀県がもったようであるが、付随する実施費用つまり運営費、人件費、警備費用、会場設営費などは5箇所の開催地それぞれの出費となった模様。したがって夏に一大花火大会を構える大津市としては夏のノウハウがあるだけに、もしも夏と同様に観客が集まろうものなら、季節外れの時期にとんでもない臨時警備予算が必要となるわけで、あわてて(?)観客が来ないような方策をいくつも高じたのであった。たとえば最終日の30分間の打上は15分になりましたから、わざわざ見に来るまでもないですよ、と花火大会の矮小化に努めた(事実我々も15分と聞いて躊躇した。仲間内には15分しか演らないなら帰れる、と東京まで日帰りした強者も居たのである)。
 マスコミに対しての宣伝や自粛をはじめとして火消しに躍起になっている滋賀県と大津市はなんとも情けない。鳴り物いりで滋賀と大津を全面に出して誘致に名乗りをあげたばいいが、やりたかったのは、滋賀県と大津琵琶湖をとりまく観光PRだけだったのだろうか?
 そのような経過であったから1年以上前、つまり誘致成功したあたりから日本での開催を知っていた我々愛好家を除いては、琵琶湖をとりまく地元住民の間でも、この「国際花火シンポジウム世界花火大会」の存在すら知らない一般人はおそらく多かったのである。打ち上げ場所近隣の住民や新聞やテレビのニュースをよく見る者だけが開催初日(4/19朝刊など)の報道で存在を知ったのだった。
 ところがはからずも開催3日目の4/20の晩にこの花火大会を観ようとして、夜の琵琶湖上をモーターボートで爆走した粗忽者が自損事故(死者1名)を起こし一躍全国報道されたせいで、間接的に世界花火大会の存在が広く知れ渡ることになったのは想定外であったろう。しかもこの事故は危うく翌日4/21の長浜での打上を自粛中止にさせるところであった。しかし警備区域外での自損事故扱いとなり、警備艇などを増やすような方向で無事開催されたのには安堵した。
 しかしマスコミを通しての「警備がたいへんだから観に来ないで下さい」というのは最大の宣伝であるように思うが?
 私はさすがに全日程平日では滋賀県という場所を考えても花火打ち上げ全てを観ることが出来なかった。以下、観覧できた2日間のみの観覧記である。
   

世界花火大会滋賀観覧記 4/21長浜会場
イギリス(フェスティバル・ファイヤーワークス社)
中国(ディアン社)
   

 15時過ぎ長浜着。地図で確認しておいた観覧場所相当の長浜城趾である豊公園に向かう。すぐに琵琶湖の湖岸となりそこを周回する国道からすでに係留されている台船が遠望できた。
 今回の花火ディスプレイは5つの会場全てで台船からの打ち上げで行われる。台船を双眼鏡で見ると口元が緩む、「むほーっ」積んでる積んでる、台船が沈みそうなくらい花火筒満載状態でこれは「物量」は期待できそうだ。見ると5方向に微妙に筒の向きを変えて設置してあり、扇形に飛ばす演出が在ると見た。
 それから風を読みながら湖岸の公園一帯をロケハン。すでに5日間通しで観覧・撮影のつもりという知り合いの写真愛好家何人かも到着済みだった。長浜城趾公園ということで確かにお城も建っているのだが、観光の見物対象としても写真上の花火の前景としても興味無し。周囲は背の高い木々も多く公園奥からお城を入れて、なんて事を考えたら肝心の花火が根本から見えやしない。いやおそらく開発高度の低いであろう外国花火では本体も良くみえるかどうかわからない。私の勝手なセオリーでは「花火写真」というからには、花火が画面上の主役であるのは最低条件であり、花火自体は画面上で他の事物(夜景など)の引き立て役になってはいけないのである。
 早い時間ではまだ開催本部のテントにも人影まばらで、どうやらプログラム紙のようなものも見あたらないのでぶっつけで出たものを撮るしかないのだろう。
 天候は申し分ないものの長い午後の間にも風向きは定まらず、当初予定していた場所から一度南東側の湖岸に三脚を据えたが、夕刻になってまたまた元の公園北西側の場所近くに戻すという翻弄されぶり。
 長浜花火大会には来たことがなかったので、地元長浜市のスタッフに色々と話を聞かせていただくと、夏の大会とは場所が違うし、夏は台船でなく防波堤からの打ち上げであるとのことであった。そして本日の打ち上げはまずはイギリス、そして中国という順番であるという。
 相変わらず風向きやその強さが気になるが、最終的に到着時に物色したコンクリートの桟橋状の辺りから観覧することにした。
 開始1時間ほど前になって、公園の駐車場に大型バスが横付けされた。降りてくるのは長浜花火観覧オプショナルツアーに申し込んだ国際シンポジウム参加者であるがけっこうな人数だった。おおー外国人が一杯だ、とぞろぞろと観覧場所に向かう参加者を眺めていたら、知り合いの煙火業者に声をかけられた。なんでも日本煙火協会加盟業者からもこの2日間は多数花火作家、花火関係者参加しているとのことであった。聞くところによると4/20のイタリアの日はなかなか良い内容だったと日本側参加者の間でも評価が高かったようだ。後日ビデオでその一部を観る機会があったが、独自のコンピュータ点火器を駆使して(この点火システムは国際花火シンポジウムのトレードショーで展示商談されていた)、音楽とシンクロさせた打ち上げは非常にセンスの良いものだったし、使用されている玉も吟味されているようだった。担当の花火会社は「音楽が伴うことが非常に重要である」とマスコミのインタビューに応えていた。
   
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イギリス イギリス イギリス イギリス
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中国 中国 中国 中国
   
 20時になり、打ち上げはカウントダウン唱和で始まり、ある程度アナウンスが入る親切な進行だった。その説明ではイギリス18分間。休憩4〜5分。中国20分間。ということであったが、正味はイギリスは僅か8分ほどで打ちきってしまい、休憩後のこり20時45分までの殆どの時間を中国が打った。
 イギリスは5方向の扇型に打ち出すオープニングから各種玉の内容を変えながらスピーディな打ち上げだった。打ち始めこそ「こりゃーもの凄くフィルムを使ってしまうなぁ」と焦ったが、予定時間に満たなかったのと中盤から後は撮りたいような展開にならず、フィルム消費も進まなかった。外国らしい華やかな色彩になるかと思ったが、暗い和火ものを延々と打たれて少々白け気味。いやこの保守的なところが英国的ともいえるのだろうか。玉の種類はいろいろ使っているようで組み合わせの変化は豊富であった。
 続く中国だが、派手な色彩の紅、緑となじみの中華カラーでスタートした。かなりの部分に激しく開発音が大きく割の強い玉を多用しており、その爆音にびっくりした。台船まではゆうに500メートルは離れているのに、少なくとも5号程度と思われる玉の開発音は10号の号砲雷かと錯覚するほどだった。やたらに大きい音で開発してみるとただの輪っか(輪物=リング)だったり、………音ばかりでかくて拍子抜けする親星………というものが多かった。
 しかも最大7号までいろいろなサイズの玉を使っていながら、開発高度はどれもこれも同じ様な低空位置。7号すらその盆の半径分しか上がっていなくて下部の星は湖面に刺さっている。というわけで矢継ぎ早の連続打ちでありながら、次々に同じような位置で開くものだから玉のひとつひとつがどういう形なのかもよくわからない。高低差も幅もない空間使いは玉の特性を活かしているとは思われなかった。
 申し訳ないが、私は花火には心が震えるような「美しさ」を求めるのでこういう物量と迫力で見せる打ち方は性に合わないなぁ。南東から南南東の風の関係もあるがしだいに発煙ももの凄く、それに花火も埋もれ思わず釣られてどんどん写真を撮ってしまうような被写体でないことだけは確かだった。距離もあろうが打上空間全体が7号まで使っているとは思えないほどミニマムであるし、高さもまったく出ていないので、湖面への花火の反映を活かして台船より下の湖面を多く入れるフレーミングを積極的にしてみた。しかしそれも上物の充実あってこそ………。
 終了後の印象は、どちらも「感動しない」というものだった。ふーん。と感心する場面はあっても心が揺さぶられるような感動は無かった。打ち方はについても好みの問題であるが、ドカドカ物量で押すタイプの打ち方はすぐに慣れて飽きるのである。加えて玉の品質が悪く、つまり物量で圧倒しないと個々の玉は鑑賞に耐えないということであるかなぁ。
 さっさと片づけて長浜発の快速電車に乗って今夜の宿泊地の大津に向かうのだ。駅方向に歩くと国道は見物に来たであろう車でけっこう渋滞しており、公園からもぞろそろと大勢の観客が出てきていた。意外に地元近隣の観覧客は多かったようだ。京都方面の駅ホームも混雑していたが、入線してきた始発快速電車の座席に全員着席できるくらいの人数。
 それで22時30分頃大津着。さて明日、開催国日本はどんな花火で締めくくってくれるだろうか。
世界花火大会滋賀観覧記 4/22大津会場
日本(社団法人日本煙火協会所属煙火業者有志)とその他の国
   

 さてウォッチャー、写真家としての私はどうしていたかというと、起床後はまず湖岸に出てざっとロケハンした。思えば大津に来るのはもの凄く久しぶりだ。湖岸は歩いているうちに昔を思い出したがずいぶんと綺麗に整備されている。なにより以前大津に来たときは、シンポジウム会場の琵琶湖ホテルそのものがなかったのだからずいぶんなご無沙汰だ。当然ながら台船は未だ係留されておらず、それから午前中は国際シンポジウムの取材に向かった(別項参照)。この取材中に湖に面した会場ロビーの窓からゆっくり曳航されてくる打上台船がみとめられた。事前情報で台船は2隻使うことが(つまり2箇所から)わかっていた。双眼鏡で覗くと一方の台船の中央にはなんと二尺筒二本がそびえ立っているではないか。20号を消費することは早くから知っていたが、一時期は海上自爆方式という噂もあり、たいして期待していなかった。しかしこうして実際は「打上げ」であることが明らかになり小躍りしたい気分であった。しかも「二発!!」。ぐぉぉぉぉ…夜に向けて否応なく期待が高まるのであった。
 午後はいったん機材一式をホテルに取りに戻ってから設置された台船を見ながら正式にロケハン。
 打上台船は大小二艘が左右に係留され、この打上台船の設置位置は、夏の大会に比べると打上地点が大幅に東寄りに移され、通常、琵琶湖ホテルの前面辺りの湖上で行われるものを800〜1000メートルほどずらして、琵琶湖ホールの前面湖上あたりにまで寄せられていた。
 これは花火の演出のためではなく、100パーセント警備上の都合らしい。今回の場所でやる方が警備費用が段違いに安上がりなためだそうだ。そうでなければシンポジウムのメイン会場が琵琶湖ホテルなのだから、その真ん前でやるのが理にかなっている。ところが結果として琵琶湖ホテルから観れば遙か彼方の打上になってしまったのだからなんというか、なんとかならなかったのか。
 双眼鏡で観察するとひときわ大きい左台船は、斜め打ち出しの筒がしかも観客から遠い、台船の裏側に向けて傾けて設置してあるのが不思議だった。ぱっと見では二尺筒を除けば垂直に立っている筒が少なく、いったいどういう打上をするのか興味深かった。
 対して右対船は小さくあまり花火を積んでいないように見えた。それで左側中心に観ればよいと判断したのだが、打ち始めてみるとそれは大きな間違いであることに茫然とするのだった。
 湖岸の公園をだいぶ東方向に歩いて台船が右方にややハスに見える位置を仮決めとした。風は北西方向で相当に強くかつ寒いので夕刻までは琵琶湖ホールの駐車場にて風除けをして過ごす。各地からの愛好家と歓談しながら過ごす
 ふと愛好家仲間との歓談の合間に見ると、なんとなく「あれ。こんなとこに台船があったっけ?」湖岸に出てみるとどうやら一度据えた台船を再曳航して場所を変えたとのこと。見れば左側台船の位置が大幅に変わっているのだった。これで夕刻になって撮影場所を再検討となってしまった。
 18時過ぎ。ちょうどシンポジウム会場では最後の催しであるスペシャルディナーが始まっている頃だ。我々はようやく定位置を確保してスタンばっていた。観覧客もそこそこ集まってきていた。風向きも斜め右方向に台船を見るとちょうどほどよい追い風となり、コンディションもまずまず。
 
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20号・八重芯菊先緑紅
伊那火工堀内煙火店協賛
カラフル牡丹 10号・錦輪菊花車
丸玉屋小勝煙火店協賛
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中央20号・芯入錦冠
片貝煙火工業・阿部煙火工業・
新潟煙火工業協賛
三重芯?が・・・ エンディング錦冠連打 エンディング銀冠連打
 
 打上プログラムは入手していたものの20時定刻あたりに実際に始まってみると、以降はどこをどう進行しているのかわからないような打上だった。
 開幕の20号こそぴったり合わせたものの、2発あるはずの20号のもうひとつは続けてあがらず、たちまち「ではどの時点で上がるのか」が懸案事項となってしまった。
 構図としては横位置にもなるのに、いつくるかわからない20号は絶対に縦位置でなければ全貌は収まらず、1台のカメラで撮る哀しさ、縦横頻繁に切り替えての忙しい撮影となった(今回は車ではないのでカメラ一台だけ、それに何処かで15分だけ、という暗示にかかっている-大した装備は必要ないかも-のかもしれない)。スターマインの合間合間に煙火協会員協賛の逸品10号玉が惜しげもなくかつなんの前触れもなく上がってしまい、わらわらとあたふたとどたばたと翻弄されるばかりであった。 
 しかもたいして花火を積んでいないと思った右台船からも結構な量のスターマインが上がり、左右でシンクロした打ち上げも数多かったのである。最大の誤算はプログラムを見てどこで消費するのかと考えていた協会の逸品10号玉の多くが右台船から放たれたこと。その多くを「観るだけ」にしてしまった。右台船にそれほど10号筒があったとは岸からはわからなかった。嗚呼。
 20号2発目は途中で他の花火の余韻が残る中でふいに上がってしまった。翻弄されっぱなしである。
 終幕は錦冠連打で芯入、八重芯入り。それから銀冠連打。斜め打ち出し方向の玉を加えて、多数のパステル芯入りの極めて出来の良い銀冠菊が膨大に打たれて終了。おそらくこの角度では重なり合う玉が多すぎて写真的にはふっ飛んでしまうだろう。頭の中も真っ白であった。
 地元の愛好家に会って情報を聞く度に花火内容がしょぼいものになる。予算がどんどん少なくなる。ということで正直どれほど哀しい内容なのかと思っていた。せっかく何年も待って日本で開催されたシンポジウムとそのデモンストレーション花火なのにそして最後を飾るのは開催国の花火であるのに、それがそれまでの各国の花火に比して見劣りする内容になるのか?長野冬季オリンピックのフィナーレのように「これぞ日本の花火」、というものを各国の専門家に対してアピールできるのか見せられるのか?不安で仕方なかった。
 しかし正味18分の打上内容に安堵し、感動していた。もちろん気になる点もあるが、総じて言えば、面目約如というか、十分「日本の花火」というものをアピールして有終の美を飾ったものと思う。煙火協会加盟の協力煙火店が供出した花火玉は総じていずれも素晴らしい内容であった。どの部分を切り取ってももったいないくらいの良い玉がふんだんに使われており、実に中味の濃い内容だった。
 気になる点を挙げれば、角度を付けての複数方向への扇形の打ち出しは、びわ湖大花火大会でもお馴染みの打上担当煙火店特有のものだ。それが最大の特徴でもあるのだが…… 

   
10号三重芯変化菊  水平打ち してはいかーんっ! ・゚・(つД`)・゚・ ・゚・(つД`)・゚・ ・゚・(つД`)・゚・

 (ノД`) ……玉が啼いているぞよ。弧を描いて飛ぶ昇り小花、親星は湖面に突き刺さり、沈みかけ溺れかけた瀕死の(都合3発の)三重芯のなんという哀しい姿。(他にも協賛されたドラネコ数匹があえなく溺死……ボク、ドラ……ゴポゴポ………合掌)。
 煙火店たるものが自社の持ち玉か加盟協会員から心を込めて協賛された玉かいずれかはわからないが、業界の至宝である三重芯をこんな打ち方をして消費するのは痛々しく哀しい。筒への装填時の入れ間違いと思いたい。
 左台船の打ち上げ筒の角度の付け方が謎だらけであった。しかし後日、琵琶湖ホテル方面から撮った写真を観ると、右側台船の打ち上げ分(右側は斜め打ち無し)を含めて、綺麗に扇形に開いて見えているのだった。つまり警備の都合などもあり、打ち上げ台船の配置は当初から今回の場所だったわけだが、それを想定して距離はあるものののシンポジウム会場の琵琶湖ホテルから観たときに、もっとも綺麗に散っているように見えるように筒を配置したものらしい。上方向の打ち出ししかない右台船とともに絶妙な玉の空間配置になっていた。斜め方向の琵琶湖ホテルから観て扇形に打ち出す形が正向きであるために、琵琶湖ホールなど台船正面から見たときに、筒が後方(湖岸から遠い方)に寝かされていたのである。
 終了後は仲間と検討会をやってから散会。観覧客もひしめくほど居たわけでもなく、湖岸公園は漆黒の琵琶湖とともにたちまち静寂な夜を取り戻した。

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