菊と牡丹A Difference between Chrysanthemum and Peony
菊と牡丹。もし花火についてあまりよく知らなかったとしても、花火のこの二つの名前は、どこかで聞いたり何かの本で読んだりしてご存じの方が多いでしょう。(写真右・菊先青紅)
日本の丸く開く割物花火はこの二つの代表的な種類に分類できます。言い換えれば丸く開く割物花火はこのどちらか、あるいはいずれかの応用または発展型であるといってもいいでしょう。ではこの二つはどこがどのように違っているのでしょう。
これまで菊と牡丹の違いについては、以下のように説明される場合が普通でした。つまり、
「菊」は花弁(星)が尾を引くもの。
「牡丹」は尾を引かないもの。
さてこれで間違いではないのですが、実際の違いがわかりますか?花火野郎は永いこと合点がいかないものでした。最初に花火関係者が花火解説本をしたためたときに、このように表記したのでしょう。以降、それを参考文献とした後世の著者が「自分でも違いがよくわからないままに」そのまま書き写し続けたのだと思います。菊と牡丹の違いは?と言うときに、まるで公式のように上のように書いてきただけです。そして雑誌や新聞の花火特集などでは書き手も専門家ではないですから、取材はしたものの、自分でもわからないまま言われたように、花火関連書にそう記述されているからとそのまま書くのでこうなってしまったのです。
それぞれの用語ももちろんですが、このページでは見た目にどう違うのかを中心に説明してみましょう。
●菊と牡丹の違いは星の違い
最初に結論をのぺてしまえば、菊と牡丹では「親星に使われている星が違っている」のです。花火そのものの構造つまり組立はどちらも基本的には同じと考えて下さい。
菊に使われる星を「菊星(きくぼし)」、牡丹の方は同じように「牡丹星(ぼたんぼし)」と呼ばれます。
菊や牡丹に使われている星は、たいていが掛星(かけぼし)という丸い星を使います。星については「日本の花火をもっと知りたい」の「色」や「造・星づくり」も参照して下さい。ここで「菊星」「牡丹星」の構造を見てみましょう。
右図のようになります。この例はいずれも青から紅に変色する星です。違いは、菊星の方は色発火剤の一番外側に「引き」と呼ばれる層が加わっている点にあります。色を出して燃える(この場合青から紅に変色)火薬は菊と牡丹では同じ物であるといって良いでしょう。
●菊星の場合は、まず上空で花火玉の中心の割火薬が玉を割り、各星を飛ばした直後に「引き」の層から燃えて飛んでいきます。この「引き」が燃えた後に花弁が、設計された色を出して燃え、そして順に色を変えていくことになります。開花後やや遅れて色が出てくるといった風です。
さて最初にも出てきた「尾を引く」というのは、この「引き」の部分のことになります。「引き」は燃え後が光跡として目に見えるような配合の火薬を使っています。つまり開花直後から少しの間、星が飛んだ跡がうっすら「線」となって目に残るわけです(実際はほとんど見えません)。写真ではどうしても全ての星が線に写ってしまうため違いがわかりにくいのですが、下にある双方の開花図を比べてみて下さい。
「引き」の部分の火薬に何を使用するかは煙火業者によって違いますが、代表的なのは昔から伝えられている、黒色火薬系のもので、炭が燃えるときのやや暗いオレンジ色の光跡を残すものです(写真左・引先紅光露、爆発の中心から暗めの引き色が伸び、その後紅から白《銀》に変化する)。これが「引先菊(ひきさきぎく)」とよぶ菊物の基本となります。
この炭色の光跡を残して花弁が拡がり、その先(先端)が紅なら「引先紅(ひきさきべに)」、青から紅に色が変わって消えるものは「引先青紅(菊)」と呼ぶわけです。引き火は菊星を使う菊花火にしか現れませんから、この「引き」の部分が菊の本体であるといえます。玉名や玉の種類分けで「引き」と付けばすなわち菊物のことを指すので、星先の変化の無い菊花火のことを単に「引き」と呼ぶ場合もあります。
連続して見ると下図のようになります。色が出てからは下の牡丹と同じに点の集合体のように見えます。
●牡丹星の場合は連続して見ると上の図のようになります。菊と比べてみて下さい。最初の「引き」の火薬層がありませんから、爆発直後から特定の色を出して星が飛んでいきます。この色を出す火薬層は「引き」とは異なり、目に見えるような光跡を残しません(尾を引かない、という)。各星が肉眼では右写真のように最初から「点」に見えながら拡がります(写真右は青牡丹、芯の伴う正統的な牡丹)。
牡丹というときは、写真のように芯が入ることが条件とされてきました。芯のない牡丹は「満星・万星(まんぼし、まんせい)」として区別してきました。しかし現在では芯の有無を問わず、牡丹星を用いたものは単に牡丹と呼ぶようになっています。
見た目の印象では、菊は「やや遅れて色が出る」。牡丹は「開花直後から色が出る」。ということで、菊の方が開花から発色まで時間差があるというわけです。
菊星は菊に、牡丹星は必ず牡丹だけに使われるか?というと実はそうではありません。写真の割物八重芯変化菊では、一番外側の花弁には菊星が使われています。しかし中側の二重の芯部にはいずれも牡丹星です。実際はこのようにそれぞれを組み合わせたり、どちらか一方だけを使ったりするものです。
この例では、どうしてこの二つの星を組み合わせるのでしょうか?それは引きの直径と芯の最大径をほぼ等しくすることで、芯に親星のよけいな色が重ならず、芯をよりはっきりと見せることができるからです。
これは方程式や決まりがある、というよりはその花火作家ごとの設計の違いというとわかりやすいでしょう。ではその玉が菊か牡丹かはどうして決まるのでしょうか?
芯の無い場合は込められている星の全部が牡丹星か菊星のどちらかですから、それぞれ牡丹、菊と分けることができます。
芯入り割物花火においては、一番外側の親星が花弁で、その内側は全て「芯」であります。この場合は、一番外周の親星に菊星を使えば菊系の玉、牡丹星を使えば牡丹系の玉と考えてください。
スターマインなどのように一度に大量の玉を打つ場合には、丸く開く花火の殆どは「牡丹玉」です(写真)。これは開花直後から時間差なく直ぐに発色するので、スピード感が問われるスターマインでは、最初からはっきりした色に発色するためにより鮮やかな印象を与えるためです。
では「菊玉」はというと、単発打ちの場合、さらに単発でも7号以上の大きな玉に使用されることが多いようです。より鑑賞向きといったところでしょうか。それでは尺玉クラスでは牡丹が無いか?といえばそんなことはありません。号数が大きければ複数の芯を持ち、何度も変色をする凝った牡丹が可能です。
また、ハートや星型、魚など夜空に色々な形を描く、型物花火には必ず牡丹星が使われます。
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